■普通の日曜日
快晴の日曜日は、ただそれだけで気分がいい。
こんな日はいつもより身体が軽く感じて、朝から動き回りたくなる。
手塚の提案で乾は風呂掃除、手塚は洗濯を受け持ち、それぞれが自分の役割をこなしているときだった。
無機質なインターフォンの音が、手塚に訪問者があることを知らせた。
「乾」
乾は入口に背を向けて、真剣にバスタブを擦っていた。集中しすぎて手塚の声が聞こえなかったらしい。
手塚は今度はもう少し大きな声を出して乾を呼んだ。
「乾」
「ん?何」
乾は漸く手を止めて振り向いた。手にしたスポンジは泡だらけだ。
「何か届いたみたいだ。注文の品がどうのこうのと言ってるが、お前憶えがあるか?」
その言葉を聞いた乾はニッコリと笑った。
「あ、やっと来たか」
そして、スポンジをその場に置いて急いだ様子で手と足をシャワーで洗い流し始めた。
「うん。わかった。今すぐ行くから」
事情が飲み込めず突っ立っている手塚にもう一度笑いかけると、乾はさも嬉しそうな様子でバスルームを出て行った。
乾がそのままにしていったバスルームの片づけをした手塚がリビングに戻ると、丁度乾が受け取りにサインをしているところだった。
乾はよっぼど機嫌がいいのか、その間でさえ口許が綻んでいる。
だかそれよりも、手塚の目を引くものがリビングに堂々と構えている。
これはなんだ。
手塚はそう言いたいのを我慢して乾の横顔を見つめていた。
「本当にお部屋まで運ばなくていいんですか?」
運んできた業者がそう言うと、乾は愛想よく笑って答えた。
「大丈夫です。男手はまだあるから」
それは間違いなく俺のことなんだろうと手塚は思った。
二人組みの業者を見送った乾がリビングに戻ってきた。
そして、手塚の顔を見た途端くすりと笑う。
「何をそんなに怖い顔してるんだ?」
「乾…これはなんだ」
「見てわかんない?机だよ」
そんなことはさっきからわかっている。
リビングの真中に存在感たっぷりに鎮座しているものの正体くらい。
保護のためのシートがかけられていても、広い天板に4本の足。
それが机だと気づかない奴がいたらどうかしている。
しかも左側に幾つかの引き出しがついているとなれば、誰のために用意されたかくらいの察しはつく。
「俺のために金を使うなと言ったろう」
何回言ってもわからない奴だと、手塚は本気で腹を立てていた。
手塚が乾のマンションで暮らすようになって、半年くらいになるだろうか。
暮らし始めた当初、家賃を半分出させてくれと言っても、乾は頑なにそれを断り続けた。
「手塚がいてもいなくても家賃は払うものなんだからいらない」と乾は言うが、はいそうですがと引き下がる訳にはいかない。
乾はこの部屋を借りるときに、二人で暮らせるところをと選んだのだから。
何度も説得して、終いには『払わせてくれないなら出て行く』と半ば脅すようにして家賃を折半することを納得させたが、食費や光熱費などはどうしても受け取ってはくれなかった。
しょうがなく、手塚は外で食事をするときには自分が払うという約束をすることで折り合いをつけることにした。
だが、乾は『手塚に似合いそうだから』だの『手塚が好きそうだから』といって、服やら食器やらを買い込んでくる。
自分自身がこの部屋に持ち込んだものはたいした量ではないが、そうやって乾が自分のために選んだものがこの部屋には溢れかえっている。
勿論それが嬉しくないはずはないが、あまりに頻繁だと申し訳ない気分になってしまう。
好きでやっているんだから気にするなと乾は言うが、それは無理というものだ。
目の前に置かれたこの机だって、どう見たって安物ではない。
「お小言は後から聞くからさ、とりあえずこれを部屋に運ぼう」
睨みつける手塚の視線を気にした風も無く乾は笑っていた。
「あ、その前に今使ってる机を片付けなきゃ。あれは組み立て式だから簡単にばらせる」
乾は嬉しそうに言ってから、先にひとりで部屋へと歩いていった。
「…少しは人の話を聞け」
手塚は大きく息を吐いてから、乾の後を追った。
手塚が今自分の部屋として使っているのは、それまで乾がゲストルームとして空けておいた部屋だった。
「手塚さえよければ、あの部屋を使ってくれ」
と乾が言い出して、手塚はそれに甘えることにした。
その頃には手塚は殆ど自宅にもどることなく乾のマンションで生活していたが、手塚がダイニングテーブルで勉強したり、ソファに座って本を読んでいるのを見て気を使ってくれたのだろう。
乾自身が使っている部屋は本とパソコンで埋め尽くされ、手塚がゆっくり勉強出来る状態ではない。それで使っていなかった部屋を開けて、あまり大きくは無い組み立て式の机を置いてくれたのだった。
手塚はそれに満足していたのだが、乾はそうじゃなかったらしい。
「この机、いい色だろう?」
部屋を片付けて、二人で重い机を運びながら乾は言った。
「仕事の関係で知った店なんだけど、一目で気に入った」
乾が言うように、この机は木肌を生かした温かみのある色をしていた。
乾本人の身の回りにあるものは、どちらかと言えばシックで無機質なものが多い。
だが、手塚の為に選んだこの机は、どっしりと重厚でなんともいえない温もりを感じさせる風合いだ。
空けておいた場所に机を置くと、乾は静かに口を開いた。
「手塚にはこれだなと思ったんだ。ここのは完全オーダーで、手塚の身長に会わせて作ってもらった。残念ながら誕生日には間に合わなかったけどね」
手塚が左利きであることも伝えてあったのだろう。
左袖にある引出しを手塚はそっと掌で撫でた。
「材料も塗装も安全で良質なものしか使ってない。使えば使うほどいい色になっていくそうだよ」
「…高かったろう?」
「安物ではないね」
乾は机に掛かっていたシートを丁寧に外す。
それから、ゆっくりと手塚に向かって微笑んだ。
「でも一生物だよ?」
黙っている手塚に、乾はくすりと笑って見せた。
「この机が使い込まれてどんどんいい色合いになっていくのを、俺は見たいんだ」
乾の腕が伸びてきて、手塚を身体を引き寄せた。
「見せてくれるよね」
「一生かけて…か?」
目の前数センチの乾の顔を見上げながら答えると、眼鏡の奥で乾の切れ長の目が細くなった。
「よく出来ました」
不真面目な台詞とは裏腹に、降ってきたキスはいつもより少し甘かったので、今回だけは多めに見てやろうと思う。
2004.11.21
「普通の一日」の後のお話。元々この話を誕生日話にしようと思ってました。乾が一部屋空けてやる話を先に書いて、その後に誕生日話にという予定でしたが思い切り端折っちゃった(笑)。
手塚が、やたら「金」の心配をしてます。手塚はそういうことをきちんとしたいタイプの人間じゃないかなーと思って。書き手(私ね)がいい年してるせいか、その辺の事を無視したくないんですが、夢が無いと感じる方もいるかもしれない。ごめんね、世知辛くて。
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