■13.にゃんこ塚と乾その3
猫塚
滅多に言わない「ただいま」を毎日口にするようになったのは、自分を待っている存在が出来たからだ。
きっと今もドアの向こうで、小さな足をきちんと2本そろえ、ぴんと耳を立てて。

なるべくそっとドアを開く。
「ただいま」と声をかけると、ビー玉みたいな透き通った青い目を向けて「にゃあ」と鳴いた。
お行儀がいいのは一瞬だけ。
すぐに仔猫は足元にまとわり付く。
喉をごろごろ言わせながら絡みつくように甘えてくるので、しっぽを踏まないように気をつける。
多分この小さな猫が一番甘えてくるのは、学校から帰ってくるこのときだ。

長い時間放っておかれたのと空腹のせいだとはわかっている。
だけど、普段あまり見せてくれない甘えっぷりを見られるのは嬉しい。
ちょっと待ってと声をかけて、子猫用のミルクと缶詰を持ってきてやると、美味しそうにそれを食べ始めた。
一応おなかが空いたときのために、学校に行く前にドライフードを少し出しておく。
帰ってくるとそれは大抵の場合は綺麗になくなっている。
だけどどちらかというと缶詰の方がよりお気に入りらしい。
特に白身の魚が好きなようで、それを与えると食べ方が違う。
そんなことが少しずつわかっていくのはとても楽しい。

食事を済ませた仔猫は満足げに舌なめずりをしてから、まだなんとなくぎこちない仕草で毛づくろいをはじめた。
片手で猫を持ち上げ、膝の上に乗せると猫は小さな声で鳴いた。
この猫はなぜかあまり大きな声を出さない。
猫の頭を人差し指のさきで軽く撫でると、気持ちよさそうに目を細めた。

「お前は今日から、くうって名前になったよ」
猫はまだ目を細めたままだ。
「今度、手塚がお前に会いに来るってさ。まさかそのときにお前を国光とは呼べないからね」
だから、お前を国光と呼ぶのをやめなくては。

「くう」
試しに呼びかけてみると、仔猫はきょとんとした顔で見上げてから、また小さな声でにゃあと鳴いた。
「お?自分のことだってわかった?」
もう一度実験すると、やっぱり猫はごく小さな声で返事をしてくれた。
ちゃんとこれが自分の名前だと理解したのだろうか。

念のために、今度は国光と呼んでみた。
猫は少し間を開けてから、さっきより更に小さい声で鳴く。
もしかして、何と呼んでも同じなのか。
浮かんだ疑惑を晴らすために、思いつく限りの猫の名前を次々に口にして確かめてみた。

最初のうちは短くないていたが、そのうち耳を動かすだけになり、しまいには何と呼びかけても反応しなくなってしまった。
最後にもう一度と適当名前で呼ぶと、猫はひらりと膝から飛び降りてそのままベッド代わりの籐のバスケットの上で丸くなってしまった。
その小さな背中が「うるさい」と語っているのは間違いなかった。

「ごめん。くう」

苦笑しながらあやまると、くるんと丸まっていたしっぽが少しだけ持ち上がった。
2006.06.21
「猫になりたい」のオマケ。猫を膝に乗せる乾に萌える。