失くしてしまってから、それがとても大切だったと気づくことは、時々ある。
失くすのが怖くて、最初から望まないようにしていた物も、少なくない。
嫌いになることは出来ても、忘れる事は不可能な相手。
俺にとっての、手塚はそんな存在だった。
尊敬していた。
憧れてもいた。
嫉妬もした。
だけど、一番強かったのは、そういう感情じゃなかった。
俺は手塚に恋をした。
手の届かない相手だからこそ、安心して恋をした。
だけど、届くはずのない手塚を、両の腕に抱いたときから、俺は怖くなったのだと思う。
離れることも、失くすことも、俺には耐えられる自信がなかった。
だから、俺は手塚を追うことを止めた。
最初から、何も無かったと思えばいい。
俺は何も失っていない。
俺は誰の事も好きになったりしていない。
そうやって、くだらない嘘で自分を騙していた。
嘘をつけばつくほど、見えてくるものがあると知ったのは、そのずっと後の事だった。
今、手塚は俺のとなりで穏やかな寝息を立てている。
額にかかった前髪を、そっと指で払う。
汗はもう引いていて、きめの細かい肌はさらさらとしていた。
二度と触れる事は無かったはずの肩を、慎重に抱き寄せても、手塚が目を覚ます気配は無かった。
安心しきった表情に、胸が苦しくなる。
どうして手放せると思ったのだろう。
こんなに、好きなのに。
顔も、身体も、声も、作り出す空気さえも愛しくて仕方ない。
ずっと、恋をしていた。
どうしようもないほど、手塚に恋していた。
でも、手塚は最初から、俺を愛してくれていたのだと思う。
俺が、耳を塞いで、目を閉じていた間もずっと。
俺は、まだ恋をしている。
だけど、手塚が少しでも心地よい眠りを続けれられるようにと願う気持ちは、きっとそれだけじゃない。
この祈りにも似た思いを、愛と呼べるのならば。
その答えを、手塚は俺に教えてくれるだろうか。
出来ることならば、今度は手塚が俺に恋をしてくれればいい。
胸が苦しくて眠れずに、いつまでも寝顔を眺めている俺のように。