雨上がり

雨上がりの早朝は、少し肌寒い。
何層かに重なった、グレートーンの雲が少しずつ薄くなり、ようやく空に光が射し始めた。
公園の中を通り抜け、川に沿って走っていると、ひんやりとした空気と緑の匂いが肺に流れ込んでくる。

気持ちのいい朝だ。
湿ったアスファルトの上を走ると、いつもとは違う足音がして面白い。
ただ、滑って転ばないように、普段よりはスピードを緩めている。
きっと、目が覚めたら、あいつは怒るだろう。
日曜祝日関係なく、毎朝欠かさず走るのが日課なのだから。


真夜中に雨が降り出したのは、すぐにわかった。
そのときには、手塚はもう俺の腕の中で熟睡していたから、きっと気づいてないだろう。
密やかな雨の音を聞きながら、俺がずっと寝顔を見ていたことも。

少し寒くなったのか、自分から寄り添うようにして俺の腰に手を回し、ほっとした顔で眠る。
それは何度見ても、見飽きることはない。
恐らく、この先もずっと。


目が覚めたときには、雨は小振りになっていたようだった。
時計が鳴るまでは、まだ少し時間があったから、俺はそれを止めておいた。
俺が起き上がっても、手塚は目を覚まさない。
多分、俺が起こすまでは、きっと手塚はこのまま眠っているだろう。

少しだけ開いた手塚の唇は、乾いている。
もう一度、夕べのように濡らしてやりたくなったけど、それは今はやめておくことにした。
手塚の肩を全部毛布で隠して、静かに窓を開けた。
外は霧雨が降っていた。
走っても大丈夫そうな程度の降りだったので、そうっと着替えをして部屋を出た。

走り始めてすぐに雨は止んだ。
ランニングコースは、普段よりも短めにしておいた。
手塚が目を覚ます前に、家に戻っておきたかったから。
でも、それに気づいた手塚が、どんな風に怒るのかは見たい気もする。
勿論、それに対する言い訳も、ちゃんと用意はしてあるけれど。

短縮コースを引き返し始めると、朝日が完全に上っていた。
陽射は眩しいけれど、肺に吸い込んだ空気はまだ冷えたままだ。
こんな日は、いつもより空気が澄んでいる気がする。
新しい一週間の始まりには、ぴったりの朝だ。

そんなことを思っているうちに、俺の住むマンションが見えてきた。
念のために、自分の部屋の窓を見上げると、カーテンが揺れているのが見えた。

ああ、起きたのか。

笑いながらエントランスを抜けたとき、念のために持っていた携帯が鳴った。
すぐに出て「おはよう」と言うと、低い声がした。

「すぐに降りるから、そこで待っていろ」
「今、帰ってきたところなんだけど」
「煩い。いいから黙ってそこにいろ」
会話は、それで終了となった。

短縮コースにしておいたのは、どうやら正解らしい。
きっとこの後、正規ルートを走らされることは間違いない。

手塚が降りてくるのを待つ間に、俺は一度外に出た。
雨の上がった空には、薄い虹が掛かっていた。


2004.09.14

手塚が泊まった日の朝。疲れてるから起こさないで、乾ひとりでランニングに行ってしまったという、ただそれだけの話です。

あ、これは中学生乾塚です。お泊もせいぜい3回目くらいかな。乾もお泊してくれるのが嬉しくってしょうがないのでしょう。わざと手塚を置いていって、どう反応するか試したかったんだな、きっと。ええ、勿論このあと一緒に走りますよ。で、手塚はさすがに途中でバテちゃうんだ。無理矢理起きてすぐに走ったから。そこらへん、乾に突っ込まれて欲しいなあ。
「無理しない方がいいよ」「無理なんかしてない!」とかいいつつ、「濡れて走りにくいから今日はこの辺で引き返そう」なんて言い訳するといいなあ。