チョコレート戦争オマケ

久しぶりに入った手塚の部屋は、前に来た時と、何一つ変わっていなかった。
机の上に配置されたものさえ数ミリの狂いもなく、固定されているかのような整頓ぶりは、驚きを通り越して恐怖すら感じる。

潔癖症と言ってもいい手塚にとっては、これが当たり前のこと。
そんな手塚には、俺の部屋なんか、さぞかし居心地の悪い場所だろう。
最近では免疫が出来たのか、いちいち文句も言わなくなったけれど。

手塚は自分の椅子のすぐ隣りに、普段は部屋の隅に片付けてある折り畳みの椅子を、出してくれた。
そして、机の上には、入れたばかりの熱い紅茶の入った白いカップ。
手塚はそれを一口味わってから、俺の顔を斜めに見上げた。

「さっきのケーキ、甘くなかったか?」
「いや、控えめな甘さで美味しかったよ」
これはお世辞ではなく本音。
手塚のお母さん手作りのケーキは、何度かご馳走になったことがあるが、どれも全部美味しかった。
あまり甘い物が得意ではない息子を思って、程ほどの甘さにしているんだろう。
「チョコレートっていうよりココア味…だよね?あれ」

今日、手塚の家に来たのは、手塚家では恒例行事なっているらしい、バレンタインのケーキをご馳走になるためだ。
ついさっき、ダイニングテーブルに手塚と向かい合わせに座って頂いたのは、ココア味のシフォンケーキ。
黒いふわふわしたケーキに、ホイップクリームと苺が添えられていた。

「そうだったか」
チョコとココアの区別がつかない手塚に呆れて、俺は苦笑した。
「で?早速打ち合わせでもしましょうか?」
俺がそう言うと、手塚は迫力のある目で、じろりと俺を睨みつけた。

ケーキを食べる俺達のとなりで、手塚のお母さんは一緒に話をしたそうだった。
手塚は、その場を、部活のことで打ち合わせがあるからと言って切り上げてきたのだ。
勿論、事前にそんなことは、一言も聞いた覚えがない。

手塚は、黙って、つい今しがたお母さんが持ってきてくれた紅茶を飲んでいる。
何か言いたそうなのは、とっくに気づいているけれど、自分から言い出さない限り、俺も水を向けてやるようなことはしない。

カップが空になって間が持たなくなったのか、ようやく手塚が口を開いた。
「…お前はどうしてチョコレートを受け取ったんだ?」
簡潔すぎる言葉だが、言いたいことはわかる。

「だって、せっかく俺のために用意してくれたのに断わっちゃ悪いだろ」
「そうか?俺は、その気もないのに受け取る方が悪いと思うが」
「だから手塚は、全部断わるの?」
「そうだ」

手塚なら、そう考えるだろう。
それが間違ってるとは思わない。
「いいんじゃない?手塚がそう感じるなら」
俺が笑っても、手塚はまだ何か腑に落ちないような顔をしていた。

「お前は俺がチョコレートを貰うのを見てどう思う?」
「やっぱり手塚は、もてるなあと思うけど」
「ふざけるな」
「いや、本当に」
本気で怒り出しそうな手塚に、慌てて説明する。

「自分が惚れてる相手がもてるのは嬉しいけどな、俺」
「…え?」
俺の返事が不意をついてしまったのか、手塚は急にきょとんして俺の顔を見つめている。
その顔がやたらと可愛くて、俺は笑い出しそうになった。

「だって、そうだろう。自分の好きな奴が皆から嫌われるより、好かれてる方が、ずっといいじゃないか」
「…それは、そうかもしれないが」
「俺は手塚が、もててるのを見ると、さすが俺の手塚だと思うよ」
手塚は眉を寄せて一度俺を見てから、そのままうつむいていしまった。
だけど、髪の間から覗く耳が、少し赤くなっている。

「じゃあ、手塚はどう思った?俺が、チョコレート貰うところを見て」

肩を抱きたい衝動を抑えながら、聞いてみた。
手塚は下を向いたまましばらく黙っていたけど、顔を上げて、でも俺を見ないで答えた。

「俺はあまり愉快な気分じゃなかった」
「…そうなんだ」
目の前の手塚がますます可愛く思えて困る。

「俺は自分で思っていたより、独占欲が強いのかもしれない」

留めを刺されて、箍がはずれた。
手が勝手に手塚の肩を抱き寄せて、驚く手塚の唇に自分の唇を重ねていた。


勿論さっき食べた手作りケーキよりも、名前も知らない女の子から貰ったチョコレートよりも、このキスのほうが、ずっとずっと甘いことは言うまでもない。


2005.02.24

このバカップルめ!

私の思う乾は嫉妬はしない気がする。きっとね、自分以外と仲良くしているところを見たら寂しくなっちゃうタイプだと思う。「やっぱり俺じゃ駄目なのかな」って。そして仕方ないなあと諦めちゃう人。基本的に去るものは追わない人なんじゃないかと。
だからヤキモチを焼くなら手塚の方だと思う。手塚が自覚のないヤキモチを焼くと萌え。
誰かと乾が親しげにしてたら「なんだかわからないが面白くない」とか思って欲しい。で、乾をぶん殴りたい衝動に駆られるといいよ。

モテモテ手塚を見て、さすが俺の手塚だなあと本気で思ってる乾が大好きです。駄目か?そんな乾は(笑)。