HAPPY BIRTHDAY

「手塚?俺だけど、15分後に、いつものとこに居るから。手塚もすぐ来て」

唐突な電話だった。
そういう電話の相手はいつも同じ。時計を見ると、11時をとうに回っている。
「今何時だと思っている?明日にしろ。」
「とにかく、急いでるんだって。本当にすぐ来てくれよ。じゃ切るから」
勝手にそれだけを言うと、本当に電話は切られた。
また、バカなことを言っている。
手塚はあきれて、ため息をついた。

──俺は行かないからな。

乾の言う「いつものところ」というのは、ちょうど手塚の家と乾の家の中間地点にある、小さな児童公園のことだ。
待ち合わせをするときや、学校から帰る途中に少し話をしたいとき、ふたりはそこを利用していたのだ。

ゆっくり歩けば、30分。
乾の家からの方がわずかに遠い。
そこを15分で来るという。

ちらりと壁の時計を見る。
そしてもう一度ため息をつくと、手塚は薄手の茶色のコートを手にして、外に飛び出した。
走りながら、コートに袖を通す。
まったく。
いつもいつも、何故こうもあいつにふりまわされるのか。
理由は明白だ。
そんな自分に腹が立つ。

この俺に、こんな時間に全力疾走をさせるだと?
人が見たらどう思うことか。
あのバカ。

もっと、バカなのは自分だ。
それを自覚すると、なお腹が立つ。
腹立ち紛れに、スピードを上げた。

夜の道を、ひたすら走る。
あの人の悪い、笑顔の持ち主に一言文句をいうために。


息を切らしながら、約束の場所にたどり着くと、黒いパーカーを着た見覚えのある長身が立っていた。
「手塚!ここ、ここ」
少しも悪びれたところのない笑顔に、また腹が立つ。

「お前、なんの、つもりだ?」
ぜいぜい言いながら、乾をにらみつける。
「悪い、悪い。ま、とりあえずコレでも飲んで」
そう言って、乾は、持っていたコンビニの袋から缶ビールを取り出した。
「こういうときは、コレでしょ」
勝手にプルトップを開けて、手塚に手渡す。

「思ったより早く着いたから、買っといた。」
あきれて物も言えない。
手塚は、脱力して、ベンチに腰を下ろす。
受け取った缶は、とても冷たい。


乾は自分の腕時計を見て、時間を確かめた。
「うん。間に合った」
「何が?」
乾は薄い紙袋を手塚の前に差し出した。
「ハイ、これ。今日中に、渡したかったんだよね」

やっと呼吸が落ち着いてきた手塚は、反射的にそれを受け取った。
だが、意味がわからない。
眉間にしわをよせる手塚に向かって、乾が更に言葉を続けた。

「今日、手塚の誕生日でしょ?おめでと。」
言われて思い出した。
その通りだ。

確かに今日は、自分の誕生日で、学校でも知ってる奴、知らない奴から色々とプレゼントを貰った。
その中に乾からのが含まれてなかったことを、手塚は気にもとめていなかった。
手塚には、たいして意味のあることではなかったから。

どうしていいか、迷う手塚に乾が笑う。
「それ、開けてみて。」
手塚は素直に包みを開けてみた。
中身はは一枚の映画のDVDと、同じ映画のパンフレットだった。

「あ」
「好きだって言ってたよね、その映画」

それは何年も前のアメリカ映画で、家族の絆を描いたストーリーなのだが、その象徴として、出てくるのが「フライフィッシング」なのだ。
主人公の家族がフライフィッシングをするシーンがとても美しく印象的で、特にポスターやパンフレットに使われたシーンは感動的に綺麗だった。
釣りが好きな手塚は、この映画が大好きで、ビデオを繰り返し繰り返し見た。
そのことを、ずっと前に乾に話したのを、今思いだした。

「DVDはすぐ見つかったんだけど、パンフレットを探すのに、手間取ってさ。それでこんな時間になっちゃった。」
手塚はこの映画をビデオでしか見ていない。
だから、パンフレットを持っていない。
それも、この男はちゃんと覚えていたのだ。

「もらってよ。」
手塚の前に、かがみ込んで、乾が笑う。

「…ありがとう」
照れくさくて、少し声が小さくなった。

「手塚の家、DVD見られる?」
「居間なら。自分の部屋にはない」
「じゃ、それ持って今度家に来て。俺の部屋にはあるから」

それも計算づくか?
手塚は、心の中で聞いてみる。
もちろん、答えはない。

乾は、また自分の腕時計を見ていた。
「まだ一分ある。」
そして乾自身のために、もう一本の缶ビールをあけた。

「とりあえず、乾杯」
そういって、手塚の缶ビールに門をカチンとぶつける。

「誕生日おめでとう。手塚」
手塚は返事をするかわりに、手にしたビールを一口あおった。
心地よい苦味が、喉を過ぎる。

かなわいな。
お前には。

手塚のちいさなつぶやきは、一番伝えたい男に聞こえないうちに、秋の空気に泡のようにはじけて溶けていった。

2003.3.1

タイトル元ネタ
電気グルーブ「Happy Bithday」 電グルでテニプリ。われながら変だよ!

手塚、だまされないで!全部この男の演出だよ!何日も前から綿密に立てた計画です。
手塚が全力でかけてくるところを見たくてやっただけ。うちの乾はそういう人。
季節が全然ずれちゃってるが、とつぜん思いついたもんで。すんません。

※2009.10.03追記
今よりもDVDが普及していなかったころに書いたものです。