Heavy Rain(※15)
天気予報通り部活の途中で雨が降り出し、いつもの半分くらいの時間で部員は全員引き上げとなった。滅多にない浮いた時間を一緒に過ごそうと手塚を連れて家に帰る間に、雨は強い風を伴い、あと10分で着くというところで激しい土砂降りとなった。
さしていた傘は何の役にも立たず、強い風に煽られ却って邪魔となる。
観念して傘を畳むと、手塚と二人、激しく音を立てて降る雨の中を勢い良く走り出した。
やっとの思いで自宅のドアを開けたときには、手塚も俺もずぶ濡れで、二人同時に大きく息を吐いた。
「まいったな」
「ああ」
煩そうに手塚は、濡れた前髪をかきあげた。
細いフレームの眼鏡にも、沢山の水滴がついていた。
「とにかく入ろう。このままじゃ風邪引くよ」
濡れて不快な靴と靴下を脱ぎ、裸足で部屋に上がる。
だが、手塚は玄関に立ったままで、靴を脱ごうともしない。
「乾、タオルかなにか貸してくれないか。このまま上がると床を濡らしてしまう」
「いいよ。気にしないで入れよ」
「いや、そういうわけにはいかない」
生真面目な手塚らしい発言に、俺は少し笑う。
一度部屋に入り、持ってきた新しいタオルを渡してやると、手塚は髪やズボンの裾を丁寧に拭く。
それから自分も靴下を脱ぎ、ようやく部屋の中に入ってきた。
「俺の服貸すから、着替えた方がいい」
濡れた服が気持ちが悪いのか、突っ立ったままでいる手塚に、なるべく新し目の服を見繕って手渡してやった。
「悪いが、借りる」
受けとった手塚の顔はいつもより白く、良く見ると半袖のシャツから出た腕には鳥肌が立っていた。
「寒いのか?」
「少し」
元々体温が低い手塚には、あの激しい雨は酷だったようだ。
「手塚、シャワー使っていいよ。身体温めてから着替えなよ」
「え?」
手塚は困ったように眉間に皺を寄せた。
「いや、それはちょっと…申し訳ないからいい」
「気にするなよ。どうせ他に誰もいないんだし。風邪引くよりいいだろう?」
そう言っても手塚は困惑した顔のままで動こうとしない。
「下心でもあると思ってる?」
「…ちが…」
顔を赤くして反論するところを見ると、そう外れてもいなかったようだ。
「大丈夫。覗いたりしないから。今手塚に風邪でも引かれると困るからね。大人しく入っといで」
そこまで言うと、手塚もようやく頷いた。
「お前は?」
「俺は寒くないから平気。風呂の場所はわかるよね?」
「じゃあ、すまないが使わせてもらう」
出してやったバスタオルを受け取ると、手塚は耳を赤くしたまま部屋を出て行った。
手塚のいない間に俺も着替えを済ませる。
濡れて張り付いた制服を脱ぎ、洗い立てのTシャツに袖を通しながら
ついさっき見た手塚の困った顔を思い出すと、自然と顔が綻んでしまう。
うちでシャワーを使うのは初めてじゃないのに、なんであんなに照れるのだろう。
色白な手塚が、見事に首まで真っ赤になっていた。
もしかしたら手塚は『前に使ったとき』のことを思い出しているのかもしれない。
そうだとしたら、あの反応も頷ける。
手塚が前回俺の家でシャワーを使ったのは、俺とやったあとだから。
散々悩んだ末に、半ばやけになって言った「好きだ」という言葉に、思っても見なかった答えが返ってきたのは約2ヶ月前。
「俺もお前が好きだ」
まさか、そう言われるなんて。
ありえない答えに俺は思い切り混乱しうろたえたが、その状態から助けてくれたのも手塚だった。
「好きだと言われて嬉しくないのか?」
うん。
確かにそうだ。
考えてみれば当たり前のことだ。
手塚に言われた通り、俺は素直に喜ぶことにした。
一度納得してしまえば、切り替えは早い。
とは言え、この二ヶ月でキスから始まり最後まで行ってしまったのは、いくらなんでも早すぎただろうか。
そんなことを考えていたら、手塚が部屋に戻ってきた。
俺の貸した黒いTシャツに着替えた手塚は、まだ少し困ったような顔をしていた。
多分それは照れ隠しなのだろうが。
素直に感情表現が出来ない手塚は、大抵いつも気難しそうな顔をしている。
初めてキスした後も、身体に触れた後も、その表情は硬いまま。
でも今は区別がつく。
その眉間に刻まれた表情の裏側には、どんな意味が隠されているか。
「まだ、降っているんだな」
俺のベッドに腰を下ろし、手塚は窓の外を見て言った。
「うん。少し風はおさまってきたけどね」
雨はまだ音を立てて降り続け、どんよりと暗い空は当分晴れそうには見えない。
「なんだか変な感じだ」
「なにが?」
手塚は濡れた髪を拭く手を止めて、向かい合わせに座る俺を見た。
「俺の服を手塚が着てるのが」
「似合わないか」
「そんなことはないけど、見慣れないからちょっと違和感があるかな」
まだ一度しか着たことのない、小さなロゴだけが入った黒いTシャツは、俺のお気に入りのものだ。
自分とはそれほどサイズが違わないだろうと思っていたのに、手塚が着るとどうも大きく見える。
「少し大きかったな」
「これくらいは別に気にならない」
「黒だからかな。すごく痩せて見える」
「お前とたいして違わないはずだ」
眉間に皺をよせ、むきなって答える手塚の腕を取る。
髪を拭いていたタオルを受取り、その手首を掴んだ。
「ほら、やっぱり細い。簡単に掴めるよ」
手塚はさも悔しそうに俺を睨みつけた。
「それは右腕だからだ。左ならもっと太い」
「じゃ左腕貸して」
今度は、素直に差し出した左腕の手首を掴む。
「同じだよ。ほら、簡単に指が回る」
ね?と見せてやる。
「お前の手が大きすぎるんだ」
手塚は少し怒った顔で俺の腕を振り払おうとした。
それを許さず、握った手首を掴んだまま手塚の隣りに素早く移動する。
そして手塚の身体を引き寄せ肩を抱くと、濡れた髪が頬にあたり冷たかった。
「手塚は俺の手にはジャストサイズだね」
「…何が…だ」
「肩も背中も腰も全部。抱き心地がいい」
顔を赤くして黙り込んだ手塚の額に唇を押し当てると、かすかにボディソープの香りがした。
「やっぱり、俺よりは大分細いよ。俺が着たらこんなところまで見えない」
Tシャツの襟元から覗く鎖骨を人差し指で軽く触れた。
「ん…っ」
不意に手塚が小さな声を上げた。
ただ驚いてあげただけでなく、その声音には、
ほんのわずかではあっても、喘ぐような響きが潜んでいるのを、俺が聞き逃すはずがない。
「…なんて声出すんだよ」
「急に触るから驚いたんだ」
手塚は怒ったような口調で、俺を睨む。
手塚が身体を放そうとするのを、力を込めて阻止する。
「手塚が何を考えてるか、当ててみようか?」
「必要ない。黙ってろ」
「そうはいかないな。あんな声出されちゃ、ね」
身動きできないように強く抱いた身体から、手塚の鼓動が伝わってくるような気がした。
「思い出したんだろう?」
「何も…思い出してなんかいない」
「嘘だね」
「俺に、何を言わせたいんだ」
「言っていいの?」
「駄目だ」
その言葉は認めているのと同じだということを、手塚自身もわかっているのだろう。
俺と目を合わせずにいるのは、間違いなくそのせいだ。
抱きしめていた腕の力を少し緩めて、変わりに肩と腰に手を回す。
濡れた髪と細い首筋から、いい匂いがする。
鼻先が手塚の首筋に触れると、手塚は小さな声で「冷たい」と言った。
「離れろ」とか「止めろ」とではなく、ただ「冷たい」と。
それがなんだかやけに嬉しくて、まだ湿り気を残した手塚の膚に舌を這わせた。
ぴくっと肩が揺れた。
Tシャツの裾を捲り、背中に触れる。
もう一度肩が動く。
構わず背中を掌で撫で上げ、耳を舐めた。
ふ、と手塚の息が洩れる。
そっと唇を重ねたら、手塚の腕が俺の背中へと伸びてきた。
それだけで、どきどきする。
自分でも呆れるくらいに。
「服、脱がせてもいい?」
「駄目だ」
「じゃ、着たままでもいい」
「何の話だ」
「わかってるくせに」
手塚の耳のすぐそばでわざと笑ってやろうと思ったのに、唇が乾いてしまって上手く笑うことが出来なかった。
俺はもう、かなりやばい。
背中に回された手塚の両腕を意識しながら、俺は言った。
「やりたい」
「駄目だ」
「さっきから駄目って言ってばかりだな」
「そういうことしか、お前が言わないからだ」
「手塚だって、多少はその気があるように見えるけどね」
「…俺は…やりたい…わけじゃない」
俺はわざと意地の悪い言い方をしている。
手塚の日に焼けていない真っ白な項が赤くなっているのが、Tシャツの襟元からはっきり見える。
潔癖で不器用な手塚を、追いつめたいわけじゃない。
でもどうしても、今すぐ手塚が欲しくて仕方ないから。
悪いけど、俺は止めない。
手塚だって、多少は俺のことを欲しがってることを認めさせる。
自覚が無いなら、気づかせてやる。
Tシャツを捲し上げて、手塚の胸に手を置いた。
びくっと身体を引くが、もう片手で背中を押さえ込む。
胸に置いた手を下へと移動させ、引き締まった腹筋を触る。
緊張した腹部から更に下へと進み、ウエストを締める紐を緩めるとそこへ手を滑り込ませた。
「止めろ」
全部を滑り込ませる前に、咄嗟に手塚が俺の手を掴んだ。
「止めたくないな」
「頼むから、止めてくれ」
「他の頼みなら何でも聞いてあげたいんだけど、これは無理かな」
「乾。駄目だ」
「どうしても嫌か?」
そう聞くと、手塚はまた俯いて黙り込んだ。
手塚は顔を赤く染めて、少し濡れた目で俺を見つめる。
本当に困惑しきった表情を見ていると、少し迷った。
「この間は嫌がらなかったじゃないか」
「嫌なわけじゃない。…困ってるんだ」
「どうして?」
そう問い掛けると、手塚が益々顔を赤く染める。
「明日は…朝練だけじゃなく、午前中から体育があるし」
「やっぱり次の日、辛いのか」
「辛いというほどではないが…少し、疲れる」
言葉を選びながら途切れがちに答える手塚を見ていたら、ちょっと胸が痛んだ。
それと同時に、更に手塚が欲しくなる俺もいる。
本当にどうしようもないな、と自分に呆れて苦笑した。
「じゃあ、どこまでならいい?」
「どこまで…?」
「俺は手でも口でもいいよ」
手塚は、露骨に眉間に皺を寄せて驚きを隠さない。
「ああ、手塚にやってくれって言ってるんじゃないから。俺にやらせてっていう意味ね」
「冗談だろう?」
「こんなときに冗談なんか言わないよ」
赤面と言うレベルを超えて、もう形容不可能な顔色になっている手塚の両肩を掴んで、もう一度告げてみる。
「今すぐ、手塚と気持ちよくなりたい」
そう。
たった今。
この場で。
「どうしても駄目?」
「…駄目じゃない」
手塚は目を伏せて、やっと頷いた。
「どっちがいい?」
自分から言い出そうとしない手塚に、しつこく問いただす。
「口?手?」
小さな声で返事が返ってきた。
「口は…嫌だ」
「わかった。口は止めるよ。じゃどうする?」
「…今言った」
手塚は顔を背けるようにして言葉を吐いた。
それだけを言うのも、相当の覚悟がいったことだろう。
「嫌なのは聞いたけど、良いのは聞いてないな」
「同じことだ」
「違うよ。ほら、ちゃんと教えて」
羞恥と、俺に対する怒りが混じった目が、俺に向けられた。
だけど、それにひるんだりはしない。
さっき手塚が頷いた瞬間に、俺はもう引けないところまで来ちゃったから。
「言わないと、俺の好きなようにするけど?」
自分が今、ものすごく興奮しているのがわかる。
しかもそれを冷静に観察している自分もいる。
こんな感じは初めてだ。
「手…でいい」
それだけ言うのがやっと、という状態の手塚の肩を抱いて唇を奪う。
そして、そのままベッドに倒れこんだ。
俺を見上げる手塚は少し怒った顔をしていたけど、キスすることを嫌がったりはしなかった。
「俺の服、返してね」
手塚が反論する前に、もう一度唇を塞いでおいた。
舌を絡めて、強く吸い上げて、唇を噛んで──。
しばらくの間、手塚が何も言えなくなるまで、しつこく繰り返した。
反論が無いのは、承諾の意味。
それが俺のルールだから。
反論できない状態にしたのは俺だけど、それはまあ、目を瞑っておいてくれ。
雨が止むまでの間、手塚がまた寒くならないように俺が暖めていてやるよ。
俺は手塚の耳元でちゃんとそう言った。
それが手塚に聞こえていたかどうかはわからないけれど。
2004.5.21
お待たせしました。3333キリリクです。遅くなってすみませんでした。
しかも微妙に「乾が、手塚にえっちな言葉でおねだりさせたくて、
焦らしたり意地悪したりする」というリクエストからずれてるしー!
どうしても私には中学生で直接的なエロいシーンが書けませんでした。ごめんなさーい。
でも、すっごく難しかったけどめちゃめちゃ楽しかったです。
書いてるうちにどんどん妄想が膨らんで、この話には必要の無い設定まで考え始めちゃいました。それが遅れた理由なんです。
きっとそのうち、この話の前後になるエピソードも書くと思います。
中学生なので、ものすごいエロはありませんが、ちょっと阿呆でバランスが悪くて、どこかきゅんとする感じの乾塚を書いてみたいと思ってます。そのときにはどうか読んでくださると嬉しいです。
リクエストしてくださった「ほのか様」。ご希望のものと少々内容が違ってしまいました。
少しでも楽しんでいただけたのなら良いのですが。
※2004.06.28追記
わかりにくい場所にあったので、再アップいたしました。