乾の野望2

乾貞治と言えば「眼鏡」と「青汁」と「データ」。
そう言われることには、もう慣れた。
実際、オリジナルの野菜汁作りは、俺のライフワークと言っていい。
日々研鑚を重ねた結果、かなりの自信作を作り上げることに成功した。

それなのに。
頑なに、それを飲もうとしない奴がいる。
誰あろう、手塚国光だ。

数々のペナル茶も難なくクリアし、あの不二さえ倒した青酢からも逃げ切った。
まあ、あれはあくまで文字通りのペナルティー用だからまだいい。
だが、俺が手塚のためだけに、過去の経験と知識をフル稼働させ、さらに愛情まで注いで作った特性ドリンクを、なぜか飲もうとしないのだ。

飲むことをどれほど強く勧めても、まるで毒でも飲まされるかのような顔をして断わられる。
実に不本意だ。
味の面でも栄養面でも、パーフェクトなのに。
まあ、ちょっと色は悪いけど。

しかし、このままでは済まさない。
絶対手塚に、俺特性ドリンクを飲ませてみせる。
俺は自分に固く誓った。
いつまでも俺が優しいだけの男だと思うなよ?


実力行使で、意識を失わせて口に流し込むという手段も一度ならず考えたが、それは最終手段として取ってある。
他にいい手段がないか考えた結果、ある方法を思いついた。
にんじんやピーマンが嫌いな子供に食べさせるのと、同じ方法だ。
こっそりと料理に混ぜてしまえばいいのだ。

汁の状態で飲ませられないのは、少々不満だが、この際食道を通ればよしとしよう。
俺は、さっそく手塚用のレシピを考えることにした。
手塚が泊りがけでこの部屋に来る、明日に供えて。


予定通り、一泊分の荷物を背負って手塚がやってきた。
俺はさりげなく、こう切り出す。

「手塚、今日は俺手作りのパスタをご馳走するよ」
「お前は、そんなものも自分で作るのか」
手塚は、素直に驚いている。
可愛い奴だ。

「ほうれん草のパスタだから、ちょっと色が悪いけど味は保証するよ」
そう言って、冷蔵庫に寝かせてあった、俺特性野菜汁を練りこんだパスタ生地を取り出した。
暗緑色の塊は、自分で見ても、なかなかインパクトがある。
それをパスタマシンで細長くカットし、大きな鍋でゆでる。
ソースはボローニャ風。
これをかけてしまえば、多分、手塚は元が何か気づかずに食べてしまうだろう。

手塚が全部食べてしまってから、さりげなく正体をバラす。
その時の驚く顔が楽しみだ。
想像すると、つい口許がにやついてしまう。

ゆであがったパスタを皿に盛り、たっぷりとソースをかける。
ほら、どこから見てもちゃんとしたイタリアンじゃないか。
「食べてみてくれ」
俺は、自信たっぷりに手塚の前に、それを置いた。

ワクワクしながら手塚が口にするのを待つ。
だが、手塚はフォークを手にしたまま中々動かない。
──バレたのか?

俺の不安をよそに、ようやく手塚が口を開いた。
「乾、せっかくお前が作ってくれたのに、こんなことは言いたくないんだが…」
な、なんだ?
焦る俺の真正面で、手塚は思い切ったように先を続けた。

「これ、腐ってるんじゃないか?」
「へ?」
「腐臭がする」
「…い、いや、そんな筈は無い。確かに夕べの内に生地は作ったけど、ずっと冷蔵庫に入れてあったんだから腐るわけがないよ。き、気のせいだ」
俺は超早口でまくし立てた。

手塚はもう一度、黙って下を向いてから、また顔を上げた。
「いや、やはり腐っていると思う」
ふざけるな!と叫びたかったが、それをわずかに残った理性が止める。

「じゃ、俺が一口食べて確かめてみるよ」
そう言って、食べようとすると手塚の叱責が飛んだ。
「駄目だ!こんな腐臭がするものを食べて、食中毒になったらどうする?もうすぐ練習試合があるんだぞ!」
ふしゅう、ふしゅうってお前は海堂か!
うろたえる俺の前から、皿が取り上げられる。

「せっかく作ってくれたお前には悪いが、これは捨てた方がいい」
止める間も無く、手塚は素早く俺の汗と涙の結晶を思い切りよく処分してしまった。
目の前が暗くなっていく俺に、手塚が振り向いて言った。

「お前の手料理が駄目になったかわりに、今日は俺が夕食を作らせて貰う」
「え?」
力なく答えた俺に、いつになく手塚は嬉しそうな顔をしてみせる。

「実はこう見えても俺は料理が嫌いじゃないんだ。キャンプでよくやるからな」
「あ、そうなの…?」
「だから、今日のところは俺に任せておけ。材料は勝手に借りるぞ」

手塚は今まで見たことの無い生き生きとした表情で包丁を握った。
…手塚って、こんなキャラだったっけか?
脱力して、むなしい笑いを浮かべる俺に手塚が気づいた。

「なんだ?涙目になっているぞ?」
「いや…お前の手料理を食べられると思うと、つい」
ヤケクソで答えた俺に、手塚はふっと優しく(!)笑いかけた。

「バカだな…お前」

ああ、俺はバカだよ。大バカだ。
そして、俺は心の中だけでこう叫んだ。

手塚のバカ野郎!
お前なんか大嫌いだ!!





…………………。
ごめん、嘘です。
大好きです。

2004.2.15

いつお前が「優しいだけの男」だったのだ?という疑問はさておいて。
またこんな阿呆な話を書いてしまった…。ごめんなさい、ごめんなさい。乾が好き過ぎて頭おかしいんです。