時間差攻撃 手塚Ver

九州の手塚に元に届けられた一本のビデオテープ。
何度も繰り返し見たそのテープは関東大会決勝の全試合を撮影したもの。
自分が直接この目で見ることの出来なかった試合を、手塚は遠く離れた地で知ることが出来た。

自分のしたことを後悔はしたくない。
だが、切り取られた映像でしか見られないことを手塚は悔しく思った。
肌で感じる空気や、直接鼓膜に響く音。
それを思うと、僅かに胸が痛む。
こうしてみんなのいるところに戻ってきても、その想いは手塚の中に残ったままだ。

そして、このテープに収められた光景の中に、手塚は少し不思議なものを見つけた。
何度見てもわからない。
だから、それを確かめたい。

手塚はビデオテープをケースに収めると、それを大切に抱えてゆっくりと立ち上がった。



日曜の午後。
手塚はビデオテープを持って乾の家を訪れた。
特に約束をしていたわけではないが、電話をしてみると乾は快く手塚が行くことを承諾してくれた。
何の予定もないからかまわない。
そう言って乾は笑ったけれど、本当は乾には暇な時間などないことは良くわかっていた。

「このビデオを見るのか?」
乾は自室のビデオデッキでそれを再生させ、画像が現れた瞬間に意外そうな顔をした。
「ああ。駄目か?」
「駄目じゃないけど、ちょっと照れるかな」

苦笑する乾に構わず、手塚はリモコンを受け取り、テープを早送りしたり、逆に画像を止めて乾に説明を求めたりした。
その度に乾は落ち着いた声で詳細な解説をしてくれた。
だが、乾自身の試合の場面になると二人とも黙り込んだ。

画面の中の乾は、手塚が一度も見たことない姿だった。

あんな顔を、
あんな声を、
あんな闘い方をする乾を、
俺は知らない。

それは少し悔しくて、だけどどこか嬉しくて。

乾の試合は早送りも停止もせずに、そのまま見つづけた。


「緊張するね、手塚が隣りで見てると」
テレビの中で、不二の試合が始まった頃にようやく乾が口を開いた。
「やっぱりちょっと照れくさいし」
乾は困った顔で笑う。

「いい試合だった」
「…そうか?」
「お前は強いとは思っていたが、予想以上だ」
「手塚にそう言ってもらえると嬉しいよ」
乾は手塚に向かって少し目を細めた。

「特別な試合だったからね、俺にとって」
低い声でそう言った乾の顔を、手塚は見ることが出来なかった。
手塚の知り得ない、だけど他の誰かは知っている時間を、今乾は思い起こしている。
乾がどんな目で過去を見ているかを知りたくなかった。

「お前に聞きたいことがあるんだ」
「何?」
「本当に聞いていいのか、迷ったんだが」
「俺に答えられることならいいよ」
優しい声に頷いて、手塚はビデオを一気に早送りした。

「越前の試合が終わって、皆が喜んでいるときにお前だけ少し反応が違う」

手塚は目的のシーンを見つけ、早送りを止めた。
越前が勝利して、青学の優勝が決まった瞬間。
そして皆が越前の元に走りより、胴上げが始まる。
ビデオにはその場面もちゃんと収められていた。

肩を抱き合い、手を握り合って喜ぶ者。
涙を浮かべて勝利を噛み締めている者。
そんな部員達の中で、乾だけが笑っていない。

冷めた顔というのとは少し違うのかもしれない。
感慨に浸っているという感じでもない。
手塚の目に映る乾は、何処か苦しげにも見えた。

「ずっと気になっていた」
再び黙り込んだ乾に、手塚は静かに聞いた。
「どうしてなんだ?」

珍しく乾の顔がすっと曇った。
「…悪い。憶えてないよ」
乾は低い声でぼそぼそ呟くように言葉を続ける。
「あのときは俺もいつもの俺じゃなかったし、何を考えてたかなんて記憶にないよ」
きっと緊張が抜けてなかったんじゃないかなと乾は半端な笑いを浮かべて締めくくった。

「そうか。済まなかった。変なことを聞いて」
「別にいいよ」
乾は短く答えた後で、また口を閉ざしてテレビの画面を見つめていた。
手塚も同じように沈黙したままで、膝の上に置かれている乾の手を見下ろしていた。
聞くべきではなかったのかもしれない。
気まずさの残る沈黙の中で、そう思い始めたとき声がした。

「…ごめん。嘘」
「ん?」
ふうっと乾が大きく息を吐いた。
「憶えてるんだ、俺」
顔を上げた手塚の目には、苦々しい笑みを浮かべた顔が映る。

「情けないから言いたくなかったんだけど」
乾は並んで座るベッドの上で、居心地が悪そうに足を組替えた。
「…どうしてここに手塚がいないんだろうって思ってたよ」

乾はちらりと手塚の方を見ると、すぐに視線を足元に落とす。
「自分が勝ったことも、青学が優勝したことも勿論すごく嬉しかった。それは本当」
「お前は良くやった」

あの何重にもプレッシャーのかかった状態での勝利は、どれだけ貴重な一勝だったか。
乾の勝利の価値の大きさは計り知れないものだ。

「だからこそさ、お前にいて欲しかった。見ていて欲しかった。一緒に喜びたかった」
乾の声が少し小さくなった。
「手塚がいないのが悔しくて、皆のように素直に喜べなくて…ね」
くしゃりと歪んだ顔は泣き顔みたいに見えたけれど、乾は小さく笑っていた。
「かっこ悪いから言わないで置こうと思ってたのに、ばれちゃったな」

「もういい」
手塚は力を込めて乾の肩を掴むと、そのまま力任せに乾を押し倒した。
うわ、と驚くような声がしてもお構いなしに、思い切り体重をかけて乾の上に乗った。

「もしかしたら…そうじゃないかと思ってた」
「え…」
目を丸くして眼鏡が少しずれたままの乾が見上げいてる。


もしかしたら、乾は自分の事を考えているんじゃないか。
あのビデオを見たとき、そう思った。

バカなことをと自分で自分を笑いもした。
そんな甘えたことを期待する自分が恥ずかしかった。

だけど、乾なら。
他の誰でもなく、乾なら。
きっと俺を忘れずにいてくれる。
そう思えてしまって。

乾の両肩を押さえつけて、手塚は乾の唇を塞いだ。
「ちょっと、待て」
ビックリしたような声は、すぐに静かになった。
それはそうだろう。
手塚の舌が差し込まれた状態では、流石の乾も何も言える筈がないのだ。

俺を好き過ぎるお前が悪い。

だが、負けないくらいお前が好きだということを嫌というほど教えてやる。
そう決心して、乾のTシャツの中に左手を差し込んだ。


2005.3.2

突発書き。実は最初に書き始めたのは乾視点でした。途中で「手塚視点の方が萌えるか?」と思い変更。うーむ…萌えるかあ…これ?書くのは楽しかったけどね(笑)。
でも今度は乾視点verも仕上げようかと思ってます。

どうでもいいけど、タイトルがバカだなあ(どうでもよくないって)。