KING OF KINGS
湿気の少ない爽やかな風の吹く日だった。鮮やかに広がる青空の下、青学テニス部には、いつもと変わらない時間が流れていた。
数人の部員は、休憩を取るためにコートを出ている。
レギュラーが一番多く陣取っているコートの脇で、やけに目立つ二人が揃って休憩を取っていた。
部員の中で一番背が高い乾と、3年の部員の中では一番背が低い不二が並んでいる。
それだけなら、別に珍しい光景ではない。
意外と、この二人は気が合うのか、普段からよく会話を交わしていた。
だが、今日はいつもとは少し違う雰囲気がする。
それは、その場にいた部員全員が気づいていた。
二人は、さっきから、なにやら楽しげに話をしている。
いつも、にこやかな笑顔を絶やさない不二はともかく、普段は、あまり表情を変えない乾までずっと笑いを浮かべている。
それだけでなく、ときおり声まで上げて笑っているのだ。
練習後ならいざ知らず、休憩時間に、ここまで砕けた態度をとるのは、本当に珍しいことだ。
「部長、ほっといていいんすか?」
生意気さが売りの一年生レギュラーが、二人から少し離れたところで、ぼそっとつぶやいた。
越前のすぐ近くにいた手塚は、ちらりと不二達に目をやると、すぐに視線を外に向ける。
「今は休憩時間だ。別にあれくらいは構わない」
「ふーん…」
何か含みのある返事が、ほんの少し手塚の気に障ったが、それを表に出すことはしない。
あと3分で休憩は終わりだ。
それまでは、自分が口を出すようなことではない。
多少気になることは事実だが。
時計を見ていた下級生が休憩時間の終了を告げると、コートの外に散らばっていた部員達が戻ってくる。
不二と乾も二人並んで歩き出した。
だが、そのとき不二が乾に声を掛けた。
「あ、乾。ちょっと」
「ん?」
足を止めた乾の二の腕に手をかけて、乾を自分の方に引き寄せた。
そして、少し背を伸ばして乾に顔を近づける。
まるで、キスでもするかのように。
それを見ていた数人が一斉に息を飲んだ。
手塚もそのうちの一人だった。
「乾、目つぶって」
不二は乾の顔に、ふっと息を吹きかけた。
「何?」
さすがの乾も驚いたように、すぐに目を見開いた。
不二は少しも動じずに、ニッコリと笑って答えた。
「眼鏡に抜けた睫毛がついてた」
「…先に言えよ」
「ごめん」
2人は目を合わせると、またクスクスと笑い出す。
見てる回りの人間の気も知らず。
何をやってるんだ、あいつらは──。
手塚は、見てはいけないものを見たときのような気まずさに、眉間を寄せた。
そして、不愉快な気分になっていることを自覚して、尚一層不快な気分になった。
「見え見えなんだよなあ、あの人…」
そんな手塚とは対照的に、越前は小さな声でつぶやくと、にやりと笑いを浮かべて二人のところに歩いていく。
ラケットでコンコンと自分の肩を叩きながら、越前はふんと鼻で笑った。
「不二先輩、ちょっとわざとらしいっすよ」
越前の態度を見て、不二はくすりと唇の端だけを上げる。
「…やっぱり越前には通用しないか」
隣の乾も同様な表情で、ニヤニヤ笑っていた。
「不二、越前にはあまり効果はないと思うぞ」
「そうみたいだね。あーあ、つまんないな」
不二はそう言いながら、けっこう楽しそうに笑い続けていた。
三人のやりとりを、手塚はただ黙って見ていた。
あいつらが何を言っているのか、さっぱりわからない。
それが、ますます手塚を不愉快にさせる。
不二は手塚の方をちらっと見ると、今までとは違う種類の笑顔を作った。
それくらいの変化は手塚にも見極められる。
「反応したのは越前じゃなくて、手塚か」
不二の台詞を聞いて、越前と乾も手塚を見た。
不愉快そうにしていたのを見られたかと思うと、正直恥ずかしいが、今さら視線を外すことも出来ない。
そもそも何が恥ずかしいのか、が自分でもよくわからないのだ。
「部長は、意外と素直なんすね」
「嘘つけないからねえ、手塚は」
不二と越前は、意味ありげに笑いながら手塚の方に近寄ってくる。
「二人とも、あんまり手塚をからかうなよ」
一応台詞だけは二人を止めるような調子だが、そういう乾もいつものような薄笑いを浮かべている。
なぜ三人揃って、俺を見て笑っているんだ。
流石の手塚も頭に血が上った。
何を言われているかはわからないが、バカにされていることだけは確かだ。
もっとも意味がわからないから、余計に腹が立つのだが。
「俺にわかるように話せ」と怒鳴ってやろうかと思った。
だが、それは自ら負けを認めたようなものだ。
それよりも、もっとこの場にふさわしい言葉があることに手塚は気づいた。
一度大きく息を吸うと、手塚は近づいてくる三人に向かって、静かに、しかし力を込めて言い放った。
「不二、乾、越前。お前達は今すぐグラウンド15周だ」
「えー!なんで?」
「マジっすかー?」
ほぼ同時に不二と越前が大声をあげた。
乾は、ふっと息を吐くように笑っただけだ。
「態度が不真面目だ。さっさと走って来い」
溜飲が下がるとは、まさにこのことか。
ようやく自分のペースになったことに安心して、手塚は三人に背を向けた。
「職権濫用だよ、手塚」
「納得出来ないっすよね」
「そうだよ、僕達ホントのことしか言ってないのに」
不満を顕わに口にだす不二と越前に、乾が冷静な声で言った。
「不二、越前。あんまり突っ込むと手塚が余計に切れるから止めておけ」
その場から遠ざかろうとしていた手塚は、ぴたりとその場で足を止めた。
くるりと振り向くと、出来うる限りの威厳を込めて口を開いた。
「乾。お前は更に10周追加だ」
不二と越前が、同時に吹き出した。
当の乾は、天を仰いでから深いため息を、一つついただけだった。
思い知ったか。
ゆっくりと走り出した三人の姿に、手塚は心の底から満足した。
そして。
今日ほど自分が部長であったことを、感謝したことはない。
2004.2.26
バカ中学生4人です。
状況を説明しますと、手塚→乾で乾→手塚なんだけど、二人は出来上がってはいないわけ。で、不二様→リョーマでリョーマ→不二様なんだけど、こっちはお互いにわかってて、駆け引きを楽しんでるって関係なんです。
乾を好きなことを自覚してない手塚って可愛くないですか?乾は薄々感づいてると尚可愛いなー。「手塚がホントは俺のこと好きな確率70%…いや、いかん。希望的観測が入ってしまった…」とか言ってさ。かわいー、かわいー。
こんな感じのバカ中学生ネタをもっと沢山書きたいなーと思ってるんだが、需要があるのだろうか。なくても書くけど。