残像
屋上はいつも強い風が吹く。見下ろす光景は、当たり前だが代わり映えはしない。
ただ、季節だけが刻々と変化していく。
それでもここからの眺めは飽きることはない。
だが、この風景を見ることが出来る時間は、もう一年も残されてはいない。
そのときを思って、乾は静かに目を伏せた。
手塚と出会って、二年が経った。
その間に自分と手塚の位置はまるで変わっていない。
少しも揺るがない、その強さ。
それを追い、無駄にあがく自分。
苦しさと悔しさに潜む別の感情。
どんなときにも勝つのが当然で、勝利の瞬間にも眉一つ動かさない冷静な顔が汗に濡れ、上気する。
それを見るのが快感なのだと知ったあの時。
追い詰めたと思った次の瞬間には無様に打ち砕かれた。
それでも忘れられない。
繰り返し思い出す。
自分を見る、あの視線。
ぞくりとした、危険な眼を。
乾はもう一度眼を開く。
フェンス越しの風景は、夏の陽射しの中で陽炎のように不安定だ。
学校を取り巻く建物のひとつひとつを順番に目で追っていく。
工事中の囲いをしてる一区画を見つけ、ふと思う。
元々あそこには何が建っていただろう?
登下校で通る道とは少しずれてはいるが、目にしたことは確かにあるはずだ。
だが、どうしても思い出せない。
失っても、気づかずにいられる些細なものと
失って、初めて気づく大切なもの。
そんなものばかりで、この世界は出来ている。
乾は両手をフェンスにかけ、眼下を見つめる。
共有できる残りの時間は、既にカウントダウンが始まっている。
流れる時間を止めることは出来はしない。
それを意識すると身体の内側が、軋んだ音を立てて苦痛を訴える。
胸が重苦しい何かで、押しつぶされ息が出来ない。
乾は、指先に食い込むほど強くフェンスを掴む。
どんなに拭い去ろうとしても、片時も心から消えてくれないその男の名前を、乾は声を出さずに呟いていた。
今は遠い空の下にいるその男に、助けを求めるように。
2003.12.13
中3乾。手塚不在で、不安定になっている乾を書きたい。実は同じテーマで乾、不二、リョーマが出てくる話を少しずつ書いてるんだけど、そのプロローグみたいなものかな。乾にとっては手塚は絶対な存在なので、それを失うと舵が取れなくなる。そんな状態を書きたいんですよ。とにかく、手塚だけを追いかける。それが私にとっての乾なのです。