絶対服従(※R18)

こんなつもりはなかった。
嘘じゃない。
ただちょっとだけでいいから、いつもと違う手塚が見たかっただけなのに。

酸素が不足気味の頭で、そんなことをさっきからぐるぐると考えている。
ソファにもたれると汗ばんだ背中にシャツが張り付き、気持ちが悪い。
身体を起こすと今度は、自分の足の間にある手塚の頭が目に入る。
乾の視線に気づいたのか、手塚が少しだけ顔を上げた。

やばい。
その顔は本当にやばい──。

思わず、短い声が漏れた。
手塚が少し笑って見えたのは、今のを聞かれたからだろう。

朝食を食べたのは、朝の8時半ごろ。
それからまだ一時間しか経っていない。
今日は月曜日だけど、仕事は休み。
誕生日休暇ってものを取ったからだ。

そんな時間に、自分は服を着たままでソファに座り、ジーンズの前だけを寛げている。
手塚は乾の足の間で、立ち膝の状態で屈みこんでいた。
そして、硬く勃ち上がった乾のものを咥えている。
平日の昼間だっていうのに。
ほかになんの予定もなかったとはいえ、こんなことをするつもりは断じてなかった。
こんな姿でそれを言っても、なんの説得力もないが。

咥えてくれと、乾が頼んだわけではない。
この状況を作ったのは手塚なのだ。
いや、そもそもは自分の誕生日プレゼントから始まった話だから、手塚が悪いというわけじゃない。
あれ、じゃあやっぱり悪いのは俺か、と思い直す。
どうしてこうなったのだと、また振り出しに戻った。
その間にも下半身には強い快感が襲ってくるのだった。

普通に食事を取り、後片付けを済ませたところまでは、ごく普通の休日となにも変わらなかった。
ゆったりとソファに座り朝刊を広げるという平和な光景だ。
こんな誕生日もいいものだなどと思っていたら、手塚がすっと隣に腰を下ろした。
「乾」
「ん?なにかな」
「プレゼント代わりになにかして欲しいことはないか」
「プレゼントかあ」
最近はお互いあまり物を贈らないようにしているから、こんな言い方をするのだろう。
正直なところ、こうやって一緒にいられるだけで十分だ。
だが、そう聞いてくれる気遣いは素直に嬉しい。
だから冗談半分で、ちょっとだけリクエストをしてみることにした。

「そうだな。せっかくだから、普段あまりやってもらえないことでもサービスしてくれたら嬉しいかな」
「普段やらないことか?」
手塚は、やけに真面目な顔で、念を押すように言った。
「うん」
しつこいようだが、この時点で自分が考えていたのは、間違っても咥えてほしいなんて願いではない。
せいぜい、下の名まで呼んでもらうとか、膝枕とかせいぜいその程度だ。

だが、手塚の行動は素早かった。
いきなり無言で乾の着ていた青いTシャツをたくし上げた。
「え?なんだ?」
驚いて手塚の顔を見たが、表情は真面目なままだ。
戸惑っている間に、手塚は乾のジーンズのファスナーを無理やり下ろそうとしていた。
「ちょっとちょっと、なにやってんの」
「お前の言うサービスだ」
「は?」
「さっき言ったろう。プレゼントは普段やらならいことだって」
どういうことだ?
意味を考えるようとして、一瞬目の前のことから気がそれた。
その隙に手塚は乾のファスナーをいっきに引き下げ、中に手を差し込んだ。
「足を開け」
「え」
「今から咥えるから。足を開け」
うっかり言葉に従ってしまったのは、かつての部長と平部員という関係の名残か。

手塚は前に回りこみ、開いたばかりの足の間にかがみこんだ。
そして、無理やり引っ張り出された自分の一部に、顔を近づけた。
「手塚」
身体を起こそうとすると、手塚の左手に押し戻された。
「大人しくしろ。噛まれたいのか」
「それは困る」
「じゃあ、黙って受け取れ。プレゼントなんだから」
こんな強引なプレゼントがあっていいのか。
でも噛まれるよりは大人しくしていた方がいいのは間違いない。
乾は覚悟を決めて方の力を抜いた。

「それでいい」
ずっと無表情だった手塚が、薄く笑う。
ひどく艶かしい笑い方だった。


茶褐色の髪の毛が、目の前で揺れている。
長めの前髪から覗く整った顔は、いつもと変わらなく見えた。
でも手塚の口の中には、勃ち上がった自分の一部が咥えこまれている。
手塚が頭を上下させるたび、その部分が見え隠れする。
見てはいけないものを見ているようで、いたたまれない。
だが視覚からの刺激は強烈で、乾を激しく昂ぶらせた。

乾に組み敷かれているときの手塚の顔は、ものすごく艶やかで色っぽい。
でも今の手塚の表情は、そのときとは全然違う。
乾に与えられた快感に溺れる顔と、自分から与えようとしているときでは違って当然なのかもしれない。
熱を帯びた目は挑発的で、表情自体は冷静なままなのが、かえって卑猥に見える。
顔を見ているだけでも、下腹が疼いてしまう。

この行為を手塚にされるのは、初めてではない。
だが、滅多にないことなのは確かだ。
最後にされたのがいつだったのか、はっきりとは思い出せないくらいだ。
回数で言えば、乾が手塚にした数の十分の一以下だろう。

手塚があまり口での行為が得意ではなかったから、結果としてそうなっただけで、特別な理由はない。
乾は自分でやるの抵抗はないし、むしろ手塚の反応が見たくて進んでやった。
だが、手塚に無理にでもしてほしいと思ったことはない。
勿論、されるのが嫌というわけではないので、するかしないかは手塚の好きにさせていた。

ずっとそんな感じだったから、まさかこんなタイミングでされるとは思っても見なかった。
嬉しくないわけではないが、妙な罪悪感もある。
いかにも清潔そうな手塚に自分のを咥えさせるなんて、許されるのだろうか。
ついついそんな思いがわき上がってしまう。

しかも今は真昼間のリビングで、ソファに座ってこんな行為をしているのだ。
部屋が明るいから、自分の状況は丸見えだ。
明るいところでは嫌だという手塚に、恥かしがらないでなんて散々言ってきたのに、今はものすごく恥かしい。
そのくせ、止める気もないのだから、まったくどうしようもない。
実際、とんでもなく気持ちがいいのだ。
最初こそ驚いたが、快楽に正直な下半身は、すぐに自分でも呆れるほどの反応を見せてしまった。
好きな相手に久々にされて、興奮しているという自覚もある。
いつもの自分よりも声が出ている気がする。

それにしても、おかしい。
手塚はこんなに上手かったろうか。
前はもっと拙かったはずだ。
いかにも慣れてない舌の動きはもどかしく、むしろそのぎこちなさに興奮したくらいだ。

その手塚が積極的に、舌と手を使って乾を昂ぶらせる。
ときどき咥えたままで上目遣いでこちらを見るのは、おそらく挑発しているのだと思う。
どうだ?
気持ちがいいか?
そう手塚が問いかけているのだ。

気持ちがいいに決まっているじゃないか。
いつもならやらないことを、なんのためらいもなく、手塚が仕掛けてくるのだ。
それが、よくないはずはない。

「手塚」
乾が呼んでも、手塚は何も答えない。
目だけがしっかりと乾を見据える。
そして、わざとらしいくらいに強く先端を吸い上げた。
くっと息がつまり、身体が強張る。
油断すると、このまま達してしまいそうだ。

「もう、出る」
手塚は一旦口を離したが、手は上下に動かし続けている。
動きに合わせて、粘着質な音がするのがたまらない。
どうやら、とことん苛めるつもりらしい。
そして触れそうで触れないぎりぎりのところまで唇を近づけ、声に出さずに、出せと言った。

俺だって、そこまではやらないぞ。
そう言ってやりたいが、その前にみっともなく喘いでしまった。
乾に比べて手塚は淡白だと思っていたが、認識を改める必要がありそうだ。

再び手塚に咥え込まれ、容赦なく攻め立てられた。
敏感な部分に途切れることなく、刺激を与えられている。
舌が絡みついたかと思うと、今度は手の平全体で擦り上げられた。
抑えようとしても、声が出てしまう。
本当にもう限界だ。
口の中にぶち撒けるのは避けたかったのだが、当の本人がそれを許しくれないのだから仕方ない。
結局は、思い切り手塚の口の中に出してしまっていた。

荒い呼吸を続ける乾の前で、たった今吐き出したものを手塚が飲み下す。
多分見られていることを十分意識しているのだろう。
肌は上気して、多少は息も乱れているが、表情は冷静なままだ。
逆にそれが艶かしさを強調する。
塗れた唇が卑猥に光るのを見ると、たまらない。
キスをするために手塚の腕を引き寄せた。
たとえ自分の出したもので汚れていても、かまわない。

だが、手塚は乾の手をどけて、ゆっくりと立ち上がった。
そしてその場で自分の唇を手の甲で拭い、乾に背を向けた。
綿のシャツを着た背中は、さっきの熱を忘れたかのように潔癖だ。

「え、ちょっと。どこ行くんだ」
「汗をかいたからシャワーを浴びてくる。ついでに歯も磨いてくる」
「今じゃなくてもいいだろ。もうちょっとさ」
余韻てものを楽しんでもいいんじゃないだろうか。
終わったとたん、歯磨きと言われるのは寂しいものがある。
だが、手塚はまったく気にした様子もなく、まっすぐにバスルームへと向かおうとしていた。
それを慌てて呼び止めた。
下半身が丸出しの状態での中腰は、かっこ悪いことこの上ない。

「いやでもさ。俺だけしてもらうってのもアレだし。今度はこっちがお返しするから」
手塚はドアノブに手をかけて、首だけをこちらに向けた。
とりあえず足は止めてくれたようだ。
「それじゃプレゼントにならないだろう」
「え、いや、でも、手塚だって多少はその気になったんじゃないのか」
なってないと言われたら、ちょっと傷つく。

「今はいい。また今度な」
「え、今度っていつだよ。まさか手塚の誕生日まで待てってことか?」
「馬鹿か、お前は」
くるりと振り向いた手塚の視線が冷たい。
誕生日にこの仕打ちとは、色んな意味で残酷ではないのか。

よほど情けない顔をしていたのか、手塚はしょうがないという感じで息を吐いた。
「とりあえずは、日付が変わるまで待て」
「日付?今夜の?」
手塚は何も言わずに、ただ微笑んだ。
とびきり意地悪な顔で、だ。

ああ、駄目だ。
そんな顔を見せられたら、勝てるはずがない。
ずっと恋し続けてきた熱くて冷たい顔で、笑いかけられてしまったら──。

わかってやってるんだから、性質が悪い。
乾は観念して、手塚に向かって手を振った。
「わかったよ。いってらっしゃい。手塚のあとに俺もシャワー使うから」
「ん。じゃあな」
今度は振り返らず、そのままドアの向こうに行ってしまった。

どんな手を使おうと、最終的には手塚の思うが侭なのだ。
いくつになろうと、どんなときでも、乾を自由にできるのは手塚だけだ。
どれだけ反撃しようとも、手塚は全部無効化してしまう。
15のときから、嫌というほど知っていたのだけれど。

「ゾーン健在か」
ひとり笑いながら、ソファの背に体重を預けると汗を吸ったTシャツが素肌に貼りついた。
不快に感じ身体を起こすと、さっきも同じことをしたのを思い出した。
あのときは目の前に手塚の頭があった。
揺れる前髪と、うつむいた手塚の顔が浮かんでくる。
思い出すと、また下半身に血が集まりそうだ。
もう一回出すような羽目になれば、今夜に差し支えてしまう。
頭の中から手塚を追い出すために、別なことを無理やり考えた。

そうだ。
天気がいいから洗濯をしよう。
この汗だくのTシャツも洗ってしまおう。

さっそく身体に張り付いたTシャツを、のそのそと脱ぎ捨てた。
ついでに邪魔くさいジーンズも脱いでしまった。
パンツ一枚でソファに座ると、なんだか妙に情けない。
どうしてこんなことになったんだろう。

そういえば今日は誕生日だった。
なんだかなあと、自分の顎をこりこりと掻いた。
ちょっとしまらないけれど、気持ちが良かったのは確かなので、これも悪くはないかと思い直す。
多分、手塚も楽しんでくれたのだろうし、まあいいかと自分を納得させた。

中学のとき、テニスでは一度も手塚に勝てなかった。
大人になった今も、やっぱり手塚にはかなわない。
きっと自分は手塚の命令には、服従するように出来ているんだろう。
それが自分の望みであることも、ずっと前からわかっている。

なんだかんだで、幸せなんじゃないか。
天井を見上げてくすくすと笑う。
手塚がバスルームから戻ってきたら、濃厚なプレゼントをありがとうと伝えよう。
そして、せめてキスくらいはさせてもらおうか。
これくらいのお願いなら、手塚も聞いてくれるだろう。

おそらくそれも手塚の予想の範囲内だろうけれど。

2013.06.29再アップ

事前に説明をするのを忘れてましたが、オフリミのふたりです。
手塚は平然ととんでもないことをしでかしそうな気がしてならないのです。