UNDER THE ROSE (※R15)
沢山の重なった花びらには、同じ数だけ秘密が眠っている。
じっと息をひそめ、秘密を打ち明けるときがくるまで、薔薇は静かに眠り続ける。






部屋の照明は消しているのに、静かに微笑む手塚の顔は、はっきりと見えていた。
ベッドサイドのスタンドの灯りが、白い壁に反射しているせいだろう。

「声が、聞きたかった」
決して大きくはないのに、手塚のよく通る声が夜の空気を振動させる。
「私の?」
「そうだ。お前が俺の名前を呼ぶのを、聞いてみたかった」

手塚は、大きなベッドの上で、裸の身体を肘で支えていた。
眼鏡のない切れ長の目を細めて、乾に向かって、薄く微笑んで見せる。
波打つシーツに投げ出された素足は、この部屋に負けないほど白い。

「いつから、ですか」
冷静であろうと努めたが、恥ずかしいほど声が震えていた。
「そうだな。初めて会ったときからかもしれない」
乾が手塚に命を捧げる決意をしたのは、出会ったそのときだった。
それは、言い換えれば激しい恋に落ちた瞬間でもある。

「避妊具は持っているか?」
いきなりか――。
といっても、自分も既に服は着ていないのだから、そう不自然な台詞でもない。
「いいえ。まさかボスに会うのに、必要になるとは思っていませんでしたので」
皮肉のつもりで言ったのに、手塚は平然と受け流した。

「そうか。では、これを使え」
ベッドサイドのチェストの引き出しから、手塚は小さな包みを取り出した。
それでだけでなく、ご丁寧に潤滑剤まで渡された。
新品に見えるが、実際はどうなのかはわからない。

手塚は怖いくらいに冷静だった。
少なくとも、これから自分の部下と寝ようという顔ではない。
あまりに落ち着いているので、かえって乾の方が不安になってくる。
もしかしたら、自分は何か手塚の言ったことの意味を取り違えているのではないかとさえ思えてきた。
しかし手渡されたものの用途は、それ以外にない。

「本当に、よろしいのですか?」
「勿論だ」
「もう……止められませんよ」
「そんな必要はない」
ボスは薄い唇に笑みを乗せ、乾の首に両腕を伸ばした。
これが何かの罠だったとしても、自分に抗う術はない。

伸ばした腕の中に、手塚はするりと身体を滑り込ませた。
「お前の肌は、触り心地がいいな」
細い指先が、ゆっくりと乾の背を撫でる。

「貴方の肌の方が、ずっと綺麗です」
「自分の身体なんか見飽きている。お前が見たい」
言葉通り、乾の身体の下で、手塚はずっと目を開いていた。
眼鏡をかけていない顔を、こんな近くで見るのは初めてだった。

人であることを疑いたくなるような、繊細な造形だ。
それでいて、薄い皮膚の下には熱い血が流れていることを感じさせる。
許しを請うように目を伏せて、乾は自分から顔を近づけた。
だから、完全に唇が重なったとき、彼がどんな表情をしたのかわからなかった。
酔ってしまいそうな甘さが、頭の中を痺れさせた。


なんという身体だろう。
例えるものが見つからない。
何の抵抗も示さず、全てを受け入れる身体だった。
そんな身体を抱いてしまえば、もう溺れるしかない。

抱きしめても、女性のように指を押し返す弾力はない。
だが硬質な筋肉を覆う肌は、同じ男とは思えないほどの滑らかさだ。
性別など関係なく、手塚国光という、固有の生き物が存在するのだ。
この人が、その気にさえなれば、凶器にもなる身体だと思った。

暴力よりも、ずっと支配力が高い。
それは抱く前から、知っていたような気がする。
だから、近づくのが怖かったのだろうか。

誰よりも優雅で美しく、そして凶暴なまでの快楽を与える男。
それが、自分が命がけで愛する唯一の存在だった。



ひどく疲れていた。
多分、それだけ手塚との行為にのめり込んでいたのだろう。
ボスの前だというのに、四肢を投げ出し、ぼんやりと天井を仰ぐことしか出来ない。
意識の一部を手塚に食われてしまったのか、まともに頭が動かなかった。

「良くなかったのか」
低い声に誘われ視線を動かすと、手塚が上から覆いかぶさるようにして乾の顔を覗き込んできた。
ボスは情事の後とは思えないほどの優美な表情を浮かべている。
真に美しい花はどこで咲こうと、その美を損なわないということだろうか。

「どうしてそんなことを聞くんです」
「ずっと難しい顔で黙り込んでいるからな。楽しめなかったのかと思ったんだ」
左手を乾の胸に置き、手塚は唇の端を持ち上げ、意味ありげに微笑んだ。
悔しいくらい落ち着き払ったボスの態度に比べ、自分のみっともなさといっらどうだろう。
ここまでくると、いっそ笑えてくる。

「私は、貴方と違って遊びなれていないんです」
「誰が遊びなれているって?」
「貴方ですよ」

他に誰がいるのか。
そんな思いで見上げると、手塚はどこか腑に落ちないといった風情で首を傾げた。
そして、身体を起こし、立てた膝を腕で抱え込むようにした。

「遊ぶも遊ばないも、お前が初めてなんだがな」
「……は?」
「耳が悪いのか?お前が初めてだと言ったんだ」
「それは、同性相手は、私が初めてという意味……でしょうか」
「男女は関係ない。セックスそのものが初めてだと言っている」

一瞬、耳を疑う。
だが、聞き間違ったとも思えない。
気づいたときには、勢いをつけて身体を起こしてしまっていた。

「初めてなのに、俺と寝たんですか?」
「お前は普段は、自分のことを俺というのか」
「え?あ、申し訳ありません」
慌てて詫びたが、手塚は怒るよりも面白がっているようだ。
膝を抱えたまま、小さく笑っている。

「それより、今のは本当の話ですか」
「当たり前だ。嘘をついてどうする」
あまりに信じがたい言葉だから、逆に真実なのだと思える。
それは、乾にとっては、大きな衝撃だった。

「どうして、初めてなのに、私なんかと」
ボスにとっては、沢山持っている駒の一つでしかない存在なのに。
ずっと微笑を浮かべていた手塚が、不愉快そうに眉を寄せた。
「お前は、俺が認めた男だ。勝手に、価値を下げるな」

「寝たいと思った相手が、今までひとりもいなかった。ただそれだけのことだ。おかしいか?」
「いえ、おかしくはありません」
ただ、自分がこの人にとって、初めて寝たいと思った人間だということが、すぐには信じられないだけだ。

「乾」
命令の口調には、反射的に答えてしまう。
「はい」
「俺は、楽しんでいるようには見えなかったか」
「すみません。私の方に、貴方を観察するほどの余裕がありませんでした」

乾の返答が気に入ったのか、手塚はまた楽しそうに笑みを浮かべた。
それでまた、自分は自由を奪われてしまうのだ。
短く名前を呼ぶだけで、たった一つの微笑だけで、乾の全身を支配する。

「では、もう一度だ」
「今、ですか」
「そうだ。今すぐ、もう一度、俺を抱け」
再び白い腕を乾の首に巻きつかせ、囁くように命令する。
「今度は、目を逸らすなよ」

はい、と答えたつもりが、声にはならなかった。
強い光を放つ手塚の瞳に射抜かれ、心も身体ももう自分のものではなくなった。
今日まで、誰も触れたことのない気高い花に、乾は震えながら手を伸ばした。


2008.10.15
------------------------------------------------------------
マフィアパラレル。去年の誕生日祭に間に合わなかったもの。
前に書いたものと、矛盾点があるんですが、気にしない気にしない。

UNDER THE ROSE=秘密