Canis lupus:10.07 (後編)
少し間が空いたが、手塚は両手で俺からのプレゼントを受け取り「ありがとう」と言った。
何度も経験しているはずなのに、やっぱり照れくさいらしく、普段より声が小さい。
「良かったら、今開けてみてくれないか」
「そうさせてもらう」
手塚はテーブルの前に移動して、腰を降ろす。
俺もすぐ隣に座り込んだ。

手塚が、こげ茶色の包装紙を丁寧にはがすと、中から大判の本が現れる。
恐らく、表紙を見た瞬間に、それが何かわかったと思う。
黙ったまま、ゆっくりとページを捲りはじめた。
どのページにも、ある美しい動物の写真が印刷されていた。

「これは野生の狼の写真集か」
「うん。そう」
サイズも大きいけれど、総ページ数もかなりのものだ。
手に取ると、ずっしりと重い。
その全てが、野生の狼で占められていた。
本文は全部英語だが、中学生の頃から洋書を読んでいた手塚なら、まったく問題はないだろう。
予想通り、手塚は真剣な眼差しで文字と写真を追っている。

「似ている」
手塚が、ページを繰る手を止めた。
横から覗くと、そこには小さな狼の姿があった。
「ああ、狼の子どもか」
「そっくりだ」
どの狼と比べての発言かは、言わなくてもわかる。
手塚は一度見たきりの、不思議な狼の子どものことが忘れられないらしい。
開いたページに注がれる視線は、とても優しい。

狼の子どもに会ったときの話は、何度も聞かされた。
それは手塚には、とても珍しいことだ。
お節介なのは承知の上で、手塚にもう一度狼の子どもを見せてやりたくなった。
動物園に行くという手もあるが、たとえそこにつがいの狼がいたとしても、出産シーズンが決まった動物だから、いつでも仔狼が見られるわけではない。
本物には及ばなくても、好きなときに見られる写真集なら、喜んでくれると思ったのだ。
だが、印刷物だけじゃやっぱり物足りないから、俺はオマケをつけることにした。

「手塚」
熱心に写真集を眺めていた手塚が、俺の声で顔を上げた。
すかさず目の前に、もうひとつのプレゼントを差し出した。
「これは、オマケ」
手塚は、びっくりしたように目を見開いたが、すぐに笑顔に変わる。
ふっと小さく息を吐き、笑ったままでオマケを受け取った。

「ぬいぐるみをもらったのは、小学生以来だ」
「可愛いだろう?」
黒とグレーとこげ茶の入り混じった毛。
ぴんと立った耳と真っ黒な鼻先。
ふっくらとした太い足。
今、手塚の手の中にあるのは、狼の子どものぬいぐるみだった。
ふかふかとした毛並みを、手塚は愛しそうになでた。
まるで、本物の動物の相手をするように――。

実は、入手に苦労したのは、写真集よりもこちらの方だった。
おもちゃ屋を回っても狼のぬいぐるみそのものに滅多にお目にかかれない。
やっと見つけたとしても、変にデフォルメされたものばかり。
ネットショップでも散々探したけれど、理想通りのものはみつからない。
可愛らしさとリアルさを持ち合わせたものとなると、どうしても外国製になってしまう。
ぬいぐるみの専門店まで出向き、店の人に相談に乗ってもらった結果、ドイツから取り寄せることにした。

結局、ドイツ製のこのぬいぐるみが届いたという連絡が来たのは、二日前。
そして、現物を店まで取りに行ったのが昨日。
うきうきと支払いを済ませた俺は、よほどのぬいぐるみマニアだと思われたかもしれない。
正直、安くはない代物だが、まさに理想通り。
本物の狼の毛の色には、かなり忠実だが、ぬいぐるみならではの可愛らしさもちゃんとある。
これなら、手塚にも喜んでもらえるのではないか。

その予想は外れてはいなかったようだ。
手塚は自分の膝の上に、狼を乗せ、じっと見つめている。
「似てるかな」
「ああ、良く似ている」
あえて主語は言わなかったが、手塚には通じていた。

忘れていたコーヒーは、俺が改めて用意した。
湯気の立つカップをテーブルに置いたときは、すでに写真集はきちんと閉じて脇にどけてあった。
でも、ぬいぐるみの方は、まだ手塚の隣にちんまりと座っている。
「抱いて寝るかい?」
ぬいぐるみを指差して尋ねると、手塚はカップを手に澄ましていた。

「添い寝の相手なら、間に合ってる」
「それは、俺のことか」
「他に誰がいるんだ」
ふんと鼻で笑い、空いた方の手で、狼の背中をそっと撫でた。
「さわり心地がいいな」
「どれどれ」

手触りを確かめるため、ぬいぐるみを挟んで横に座ると、手塚は、ぽんと俺の頭を軽く叩いた。
「こっちも手触りは負けてないぞ」
「それは光栄。でも抱き心地はどうかな」
手塚は狼のこどもを軽く抱き、次に俺の身体に手を伸ばした。
しなやかな両腕が絡みつき、ぎゅっと力がこもる。
「まあまあだ」

冷たい言葉の割には、随分と情熱的な抱きつき方をしているようだ。
まさか、手塚は小さな頃も、こんなに力いっぱいぬいぐるみを抱いていたのだろうか
手塚なら、そうであっても、ちっとも不思議じゃない。

別の世界に住む小さな手塚を、狼の子どもをこんな風に抱いているのかもしれない。
きっと同じ誕生日であるだろうもう一人の手塚にも、心から、おめでとうを――。


2008.10.22
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狼が大好きな手塚です。

文中に出てくる「ぬいぐるみ」にはモデルがあります。ぐーぐるさんとこで「ケーセン 狼 ぬいぐるみ」で検索すると多分すぐに見つかります。ネットで買えるようです。えへ。ものによっては目ン玉飛び出るけど。
我が物顔で、勝手に話を含まらせるのを、いつも快く許してくださる溺れる回・遊・魚様に感謝いたします。