レトロウイルス:BIRTHDAY.ver3 (再アップ)
いつの間にか、シャツの裾を、たくし上げられていたことにさえ、気づかなかった。
火照った肌に触れた乾の指先の冷たさに、ようやく我に返った。
「何を…している」
「言わせたいんですか?」
「いや、そうじゃなく」
その先を言う前に、もう一度唇を塞がれた。
まず、そっと触れるだけのキス。
それから軽く吸い付くような感触。
何度か繰り返される間に、自然と唇を開いていた。

乾はキスが巧かった。
隙間から入り込んできた舌は、誘うような艶かしい動きで手塚を翻弄する。
このまま好きにさせていたら、なし崩しになってしまうのは間違いない。
手塚は乾の肩に手をかけて、身体を引き剥がそうとしたが、すでにうまく力が入らなくなっていた。
ただ、抵抗しているという意思は伝わったようで、乾は唇を離し手塚を見つめた。

「嫌ですか」
「嫌、ではないが」
「良かった」
目の前で、ほっとしたように笑う表情は、ふわりと優しい。
少々間抜けな展開なのに、不覚にも胸がときめく。
それが顔に出てしまったのか。
乾は了解を得たつもりらしく、もう一度体重をかけてきた。
こちらが多少酔っているせいもあるだろうが、予想以上に力が強く、跳ね返そうにもうまくいかない。

それでもなんとか身体を押し返すと、乾は、どうしてと不思議そうな声を出した。
「今は、駄目だ」
「嫌じゃないって仰ったのに?」
乾の言い分はもっともだ。
こうされるのが、嫌なわけじゃない。
むしろ、ずっと待たされていたのは自分の方だ。
だが、どっちつかずの状態が長かったせいか、いきなりこんな事態になっても、はいそうですかとは対応できない。
今までは、せいぜい軽いキスくらいしか、したことがなかったのだ。

「嫌なわけじゃないんだ。だけど、ちょっと待ってくれないか」
「先生の頼みなら、何でも聞いて差し上げたいんですけどね。でも、すみません。今は止められそうにない」
そっと頬に触れる掌の大きさに、心臓が高鳴る。
このままでは、今すぐにでも一線を越えてしまいそうで、手塚は必死で食い下がった。
「だめだ。頼む」
「何か、問題でも?」
乾は手塚を押さえつけたまま、顔だけを上げた。

「仕事場では寝ない主義だ」
「なるほど」
わかってくれたのかと、ほっとしたのは一瞬だった。
「じゃあ僕は、先生の主義を変えさせた初めての男という、名誉を頂けるんですね」
どうあっても、乾は止めるつもりはないらしい。
少しも悪びれずににっこりと笑い、また唇を近づけてくる。

「ここでは…嫌だ」
「ここじゃなければ、いいんですね?」
恐らくそう言われるだろうとは予想していた。
だが、中途半端な姿勢での攻防に、手塚は疲れてしまっていた。
もう乾を跳ね除ける力は残っていない。
「じゃあ、ベッドルームに移動しましょうか」
微笑みながらそう言う乾に、ただ頷くしかなかった。


仕事場のベッドルームに、他人を入れるのは初めてだった。
殆ど余所見をせず、すぐに服を脱ぎ始めた乾を、手塚はベッドの端に腰掛けたまま見つめていた。
乾は何の躊躇もなく、衣服を脱ぎ捨てていく。
それに引き換え、自分はボタンを二つ外したところで、手が止まっている。
戸惑う手塚に気がついたのか、乾は全裸の状態で手塚に近づいてきた。

「お手伝いしましょうか?」
「いや、いい。自分で脱ぐ」
筋肉質だとは思っていたが、何も身に着けていない乾の身体は、想像以上にがっしりとしていた。
恥ずかしいほどに鼓動が逸る。
なるべく乾を見ないようにして、残りのボタンを外そうとしたが、ぎこちなく動く手を上からそっと掴まれた。
「やっぱり、僕に任せてもらえませんか」
「ん」
強引に言われたのなら、退けることもできた。
静かな微笑を浮かべた乾に瞳を覗きこまれては、抗う術はない。
ずるい男だと思いながらも、自分を預けられることに安心する。

ベッドの上に誘導されて、片足を投げ出して座る。
乾は正面に膝をついて、ゆっくりと手塚のシャツを脱がせ始めた。
丁寧な仕草でボタンを外し、肩からすべり落とされる。
ひやりとした空気に、火照っていた肌を冷えていく。
「……先生。少しは陽に当たりましょうよ。真っ白じゃないですか」
一瞬手を止めていた乾が、呆れたように歯を見せて笑った。

「君だって、かなり白い方だと思うが」
「そうかな?先生の方が白いでしょう」
ほら、と乾は右手の指先で裸の胸に触れた。
それはちょうど心臓のあたりだったので、跳ね上がった鼓動が、乾に伝わってしまったのではないかと思った。
乾は手を置いたまま、手塚の胸が上下する様子を、じっと見ているようだ。
いつのまにか笑い顔は消え、今は何を考えているのか、わからない。

「先生」
「なんだ」
「同性とは初めてなんです。どうしたらいいのか、教えてくださいますか」
「教えるようなことは何もない。君の好きにしていいんだ。俺もそうさせてもらう」
「わかりました」
「でもひとつだけ、言っておきたいことがある。」
「…なんでしょうか」
「ベッドの中でまで、先生と呼ぶのはやめろ」
「では、どうお呼びしたら?」
「呼び捨てでいい」
「それは…許していただけませんか。うっかり人前でもそう言ってしまいそうで、怖い。」
ずっと余裕のある態度を取っていた乾が、本気で困った顔をしているのがおかしい。
逆にこちらは、多少の落ち着きが出てきた。

「だめだ。それができないなら、俺はこれ以上脱がない」
「国光さん、ではだめでしょうか?」
申し訳なさそうに言う顔に、つい笑い出しそうになる。
そして、改めて目の前の男が年下だったことを思い出した。


(4に続く)