Photocatalyst
時計のアラームが鳴る前に、目が覚めたのは久しぶりだった。
しかも、瞼を開いた瞬間から頭の中はものすごくクリアだ。
常に睡眠不足気味の自分には、珍しいことだ。

ベッドの上から手を伸ばし、愛用の目覚まし時計を確かめる。
起きる予定の時間より、一時間も早い。
カーテンが引かれたままの部屋の中は、まだ薄暗いが、昨日の天気予報を信じるならば、今日は晴れだ。
せっかく早く起きたのだし、久しぶりに自転車で学校に行くことにした。
追い風の吹く川沿いの通学路を飛ばすのは、きっと気持ちがいいだろう。



まだ早い時刻のせいか、学校へと続く道にはあまり人がいなかった。
道程は半分ほど来たが、すれ違った人間はせいぜい5人くらいだ。
少し冷たい風が、今は心地良い。

今日、10月7日は、手塚の16回目の誕生日だ。
遠い国で、この日を迎える手塚は、今どんな風に過ごしているのだろう。
時差を考えれば、今頃は熟睡しているかもしれない。
意外とあどけなかった寝顔が思い出されてきて、自然と顔が笑ってしまう。

手塚のことを考えない日は、ない。
それは今日も例外でなく、自転車のペダルを踏みながら考えるのは、手塚のことだけだ。
今、ここにいない人間の誕生日を祝うのは不思議な感覚だった。
寂しいのとは少し違うが、上手い表現が見つからない。

物理的な距離を言えば、手塚の居る場所は、今の自分とっては絶望的とも思えるくらいに遠い。
でも、決して遠すぎるとは感じてなかった。
本当の手塚はどうでもよくて、頭の中に存在する理想化された姿を追いかけて満足しているのかと思ったこともある。
だけど、そうじゃない。
手塚に対する気持ちには、距離も時間も、驚くくらい関係が無かった。

毎日毎日、俺は手塚を好きになっている。
昨日よりも今日。
今日よりも明日。
俺の手塚に対する思いは膨らむ一方だ。

待っているのは、多分、俺の方じゃない。
今は無理でも、そう遠くない未来に、きっと手塚の傍に行くと決めている。
自分がこんな楽天家だとは、予想していなかった。
手塚に関わってから、驚くことばかり起きる。

リズミカルにペダルを漕いでいるうちに、身体が温まってきたようだ。
家を出るときは冷たかった空気も、今はちょうどいい温度だった。
学校までは、もうちょっと。
気合を入れなおそうとしたとき、制服の胸ポケットに入れていた携帯電話が振動した。

邪魔にならないよう少し脇により、自転車を止めた。
それから、ポケットから携帯を取り出す。
確かめるまでもなく、相手が誰かはわかりきっていた。
こみ上げてくる笑いを堪えつつ、メールを開く。

「今日、そっちに着く」
勿論、それは手塚からだった。
簡潔すぎる文章に、俺はつい笑ってしまう。
何時に着くとか、どこかで会おうとか、もっと伝えるべきことがあるだろうに。
でも細かいことなんかどうでもいい。
手塚が帰ってくるのは、俺のところだと、わかっているから。

今日、いつもより早く目が覚めたのは、誰もいない場所で、このメールを読むためだったのかもしれない。
道端で自転車を止めて笑っているところを、知っている人間に見られなくて良かった。
「待っているよ」
貰ったメールよりも更に短い文章を、俺はその場で送り返した。

今日がいい天気で、本当に良かった。
家を出るときよりも、心なしか高い位置に上った太陽は、柔らかな光を振りまいている。
川向こうからは、気持ちのいい風が吹いてきた。

誕生日おめでとう。
その言葉を、どっちの空に向かって呟けば、手塚の届くだろう。
空を見上げると、いつの日だったか、手塚が好きだと言った、秋特有の透明な青い色が視界一杯に広がっていた。


2008.10.09
-----------------------------------------------------------------------
photocatalyst=光触媒
光触媒(ひかりしょくばい、英: photocatalyst(触媒そのもの)、photocatalysis( 触媒作用))とは、光を照射することにより触媒(化学反応を促進させるがそれ自体は変化しない)作用を示す物質の総称(ウィキペディアより)