無神経ロマンチスト(R15)
振り返ってみると、ここ十数年、誕生日には必ず乾の顔を見ている。
誕生日を祝ってくれるテニス部仲間のひとりとしてのときもあれば、二人きりで静かに時間を過ごす相手だったこともある。
とにかく、十月七日の間に、乾の姿を目にしなかったことはない。

会うタイミングも様々で、家族以外では一番先に会う人間だったり、放課後の部室だったりした。
最近では、一日中傍に居たこともあったし、今夜のようにベッドの中で誕生日を迎えたのも初めてではない。
多分あと何年かしたら、家族よりも多くの回数を過ごした相手になるのだろう。

今夜は、誕生日を迎える少し前に、乾のベッドに入った。
十月にしては暖かい夜で、服を脱いでも寒さを感じず、乾の重みを全身で受け止めたときには、すでに肌が汗ばんでいた。
乾の部屋を訪れたのは一月ぶりだ。
忘れかけていた煙草の匂いに気づき、同時に、また乾が禁煙に失敗したことを知った。

「日付が変わったよ」
低くてどこか甘い声がした。
殆ど、呼吸は乱れていない。
手塚の方は、とっくに時間のことなど忘れていて、すぐにはその言葉の意味もわからなかった。
閉じていた目を開くと、薄闇の中で、微笑む乾の顔が見えた。

「誕生日おめでとう」
手塚は何も言わなかった。
というよりも、言葉を発することが出来なかった。
乱れた呼吸を抑えるのがやっとという状態だ。

手塚が黙っているのは、聞こえないからだとも思ったのだろううか。
乾はもう一度、同じような言葉を口にした。
「おめでとう。手塚」
笑った形の唇が耳元に近づいてきて、密やかな声で囁いた。
そして、返事を待つかのように、動きを止めて手塚を見つめている。

自分が生まれた日を祝ってくれる、その気持ちは確かに嬉しい。
だが、汗で濡れた身体を繋ぎ、まともに呼吸すらできないこの状態で、手塚に何を言えというのか。
今は、おめでとうの言葉よりも、差し迫って欲しいものがあるというのに。
無神経なんだか、ロマンチストなんだか良くわからない男だ。

一度大きく息を吸い込んで、必死に言葉を吐き出す。
「真面目に、やれ」
「ひどいな。俺はいつだって真剣だよ」
手塚に対しては、と、乾は付け加えた。

笑いながらそんなことを言ったって、少しも説得力はない。
絡みあう足を蹴ると、乾はにやりと意地悪そうに笑って見せた。
次の瞬間、ぐいっと腰を押し付けられる。
中に収まっていたものの角度が変わる。
強い刺激に、声を上げて仰け反ってしまった。

ふ、と耳元に息がかかる。
また、乾が笑っているのだ。
本当に頭にくる男だ。
そんな男を好きになったのは、自分なのだからしょうがない。

「…来年も、最初に、おめでとうを、言わせてくれるかな」
流石に、長い台詞を言うのは、難しくなってきたらしい。
切れ切れにそう言って、乾は手塚の首筋に唇を這わせた。

約束するまでもなく、この日は永久に予約済みだ。
来年用のスケジュール帳には、既に印をつけてある。
見せてやっても構わないが、それは今夜の乾次第ということにしておこう。

俺を相手に、手を抜くことは許さない――。

背中に回した腕に力を込めると、乾は、くっと息を詰めてから、短い言葉を呟いた。
それが、ありがとうという言葉だったことに気づいたのは、翌朝のことだった。


2008.10.11
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大人設定。20台後半くらいのイメージで。