10月始まり 2 |
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10月8日。 ドイツで暮らす手塚の元に、小さな包みが送られてきた。 遠い日本から届けられたものだ。 差出人は、乾貞治。 なつかしい手書きの文字に、つい頬が緩んだ。 愛用の机の上に、一旦それを置く。 手を洗い、眼鏡を拭きなおして、椅子に腰掛ける。 これは、手塚にとっての儀式みたいなものだ。 自分を落ち着けたいとき。 気持ちを改めたいとき。 いつもこうしてきた。 長旅をしてきた紙の包みをほどく。 中は厚手のビニールに包まれていて、それを剥がすと更にまた紙の包み。 きっと少しでも中身が傷まないようにと、気を使ったのだろう。 薄手の蝋引き紙袋から出てきたのは、一冊の手帳だった。 飾り気のない白い表紙。 丁寧な糸かがり製本。 目に優しい色の紙。 一年前に乾がくれたものと同じ手帳だ。 ぱらぱらとページを繰ると、二つ折りのカードが一枚挟まっていた。 カードには、やはり手書きの文字で、誕生日おめでとうと書いてあった。 白い手帳は、一日遅れの誕生日プレゼントだったようだ。 手塚は、机の引き出しからヌメ革のカバーのかかった手帳を取り出した。 使い始めてから約半年。 わずかではあるが、白に近かった色に深みが出てきて、手にもよく馴染んできた気がする。 これから経年変化で、飴色に変わっていくのが楽しみだ。 一年前の誕生日に乾から贈られた手帳は、手塚のお気に入りとなり、常に持ち歩いている。 だから、丈夫なカバーをつけることにした。 革のカバーは、15の自分には贅沢かとも思ったが、大切な手帳に使うのだから惜しくはない。 その手帳も、残りは三か月分となった。 新しい手帳をどうしようかと考えなかったわけじゃない。 だが、これと同じじゃなきゃ嫌だ。 だから、日本に帰ったときに手に入れようと考えていた。 それを見越していたように届いた新しい、手帳。 真っ白なページを見ると、一年前の誕生日を思い出す。 ごく自然に、好きだと言えたあの日のことを──。 あの日と同じ、祖父から貰った万年筆で、手帳に名前を書いてみる。 ブルーブラックのインクが、とてもよく映えた。 そして、10月7日という日付の下に、乾という文字を書き込んだ。 これでもう、この手帳は自分のものだ。 新しい手帳と古い手帳をふたつ並べ、どちらをカバーに入れようかと悩んだ。 少し迷ってから、新しい方をカバーに入れた。 今まで使っていたものは、持ち歩かず部屋の中で使うことにした。 どちらも大切な贈り物だ。 無駄には、したくない。 古い方の手帳を開き、自分の書いた乾という文字を、もう一度眺める。 乾への感謝の気持ちは、メールではなく、便箋に手書きの文字を綴りたい。 この手帳のように、余分な飾りのないシンプルなレターセットがいい。 明日にでも手に入れよう。 そして、その便箋に、ありがとうと書こう。 クリスマスには帰る──。 そう書いたら、あの男は喜んでくれるだろうか。 書きたいことを忘れないように、一年使ってきた手帳に、今思ったことを書き込んだ。 ブルーブラックのインクが、いつもよりも綺麗に見えた。 2010.10.08 ------------------------------------------------------------ 去年の手塚誕生日祭に書いた「10月始まり」の続き。手塚はドイツ、乾は日本という国際遠距離恋愛。 10月始まりの手帳を買ったら、ふと思いついた。 |