彼が、手塚国光だということは、最初から気づいていた。
入学式が始まる前から、ひそかにどこにいるか探していた。
向こうはこちらを知るはずもない。
だからこそ、安心して、その姿を眺めていられた。
校庭の桜は、どれも満開で、わずかな風でも盛大に薄桃色の花びらを落とす。
真新しい学生服を着て、手塚は桜を少しまぶしそうに見上げていた。
細い顎と喉のラインが、遠めでも良く見えた。
霧雨のように優しく。
冬の終わりの雪のように儚く。
ひらひらと舞い落ちる桜の下に、手塚国光は一人で立っていた。
ああ、きれいだな。
同級生に対して、しかも自分と同じ性別の相手に、そんな風に思ったのは初めてだった。
だけど、本当にきれいだったのだ。
色の薄い、茶色の髪が風に揺れる。
白に近いピンク色の花びらを、掌で受けていた。
華奢だけれど、真っ直ぐに伸びた背は堂々としていた。
あれが手塚国光なのだと、心から納得した瞬間だった。
今この場に手塚と自分しかいないのが、奇跡だとしたか思えなかった。
それから約十年。
折れそうに細かった身体は、今は、しなやかな筋肉で覆われている。
背も、三十センチくらい伸びたろうか。
どことなく危なっかしかった感じは既に消えて、別な意味での危ない匂いを漂わせている。
春が来るたびに、あの詰襟に隠れた細い首や、手首の白さを思い出す。
その両方に、ひとつずつキスを落とすと、手塚はくすぐったいと笑った。
一年中、テニスをやっていれば、いくら色白の手塚でも、それなりに日に焼ける。
だけど、手首の内側は、今でもまぶしいくらいに白いのだった。
2009.03.03
入学式に見た光景。きっとその瞬間に、乾は手塚に恋をしたのだと思う。