ドイツからクリスマスカードが届いた。
12月24日の話だ。
今日は良く晴れていたが、冷たい風の吹く寒い一日だった。
肩を竦めながら開いた、マンションの郵便受けの中に、白い封筒があった。
書かれたあて先の文字に、見覚えがあった。
急いで差出人を確かめる。
ああ、と無意識に声が出ていた。
やっぱり、手塚だった。
マンション一階の郵便受けの前で、白い封筒を手にしたまま、俺はしばらく動けなかった。
中身が気になって、他に誰もいないのをいいことに、エレベーターの中で封筒を灯りにかざしてみる。
うっすらと中身が透けて見えた。
どうやら、クリスマスカードらしい。
外国からカードが送られてくるなんて、生まれて初めての経験だ。
というより、クリスマスカードを自分あてに送られたこと自体、一度もなかったはずだ。
しかも、差出人はあの手塚国光だ。
ただ嬉しいだけでなく、どうにもくすぐったい。
落ち着かない気分のまま、封筒を大切に鞄にしまった。
自分の部屋に持ち帰り、改めてゆっくりとカードを眺めた。
ちゃんと着替えも済ませたし、手も綺麗に洗ってある。
椅子に座り、机の上の白い封筒を、そっと右手で持ち上げた。
長旅をしてきた割には、綺麗なものだ。
俺は、封筒から中身を、慎重に取り出した。
出てきたのは、綺麗な切り絵のカードだ。
深い緑色の紙の中央に、大きなツリー。
下の方には、トナカイが切り抜かれている。
とても繊細で、手の込んだ切り絵だ。
文字は一切ない。
二つ折りのカードの中には、一回り小さい白い紙が挟まっていて、そこに文字が書いてあった。
間違いなく、手塚自身の文字だ。
多分、万年筆で書いたのだろう。
ブルーブラックの丁寧な文字が、綴られていた。
『 来年がより良い年になりますように。 』
英語ではなく、ましてやドイツ語でもない。
日本語で書かれた、ごく短い言葉だ。
あまりにも手塚らしくて、笑ってしまう。
手塚は、どんな顔をして、このカードを選んだのだろう。
そして、何を思って俺に送ってきたのか。
日本にいたときにだって、手塚がクリスマスカードをくれたことなんかないのに。
嬉しくて照れくさくて、想像が追いつかない。
実は、12月に入ったばかりの頃、手塚にプレゼントを贈ろうかと、ちらりと考えた。
でも、今まで一度も、そんなことをしたことがなかったから、ついためらってしまったのだ。
遠く離れた手塚に、形として残るものを贈るのは、重いような気もした。
かわりに、物を贈るのはやめて、オンライン上でカードを送れるサービスを申し込んだ。
きっと、今頃手塚のところに、メールが届いているだろう。
紙のカードを贈るという発想が、自分にはなかった。
実際にもらってみると、こんなに嬉しいものなのかと自分に驚いた。
もちろん、相手が手塚だから、特にそう感じているのは間違いない。
物理的な距離が、二人の関係に、何の影響もないはずがない。
寂しくないなんて、強がりを言う気もない。
でも、遠いからといって、気持ちまで離れるとは限らないのだ。
目の前にいないからこそ、自分の思いに素直になれることもある。
会えない間も、俺はどんどん手塚を好きになっている。
強がったり、意地を張ったりせずに、ただ好きという気持ちが純化していくようだ。
日に日に膨らんでいく手塚への思いは、どうなっていくのだろうか。
自分でも、まったく想像がつかない。
中学の頃集めた手塚のデータを丹念に読み返して、予測してみようか。
そんなことを考えながら、カードを封筒に戻そうとした。
だが、なにかに引っかかって上手く収まらない。
封筒の中を覗いみたら、小さな紙片が入っていた。
カードだけで、舞い上がっていたからか。
全然、気づかなかった。
破らないように注意しながら、取り出してみる。
薄い水色の罫線が入ったメモ用紙のようだ。
そこに、手書きの文字が書いてある。
達筆な手塚には珍しく、少し雑な文字だった。
よほど、急いで書いたのだろう。
B7くらいの紙に、おそらくボールペンで書かれた文を読んでみた。
正月は、日本で迎えられそうだ。
近いうちに、連絡する。
たった、これだけ。
「やめてくれよ」
リアルに声に出してから、俺は思わず机に顔を伏せた。
本当に止めて欲しい。
これ以上、俺を驚かせるのは──。
俯いた顔が、かっと熱くなっていく。
もちろん嬉しい。
嬉しいけど困る。
心の準備が、出来てないのに。
突然ドイツに行ったかと思えば、帰ってくるのも突然か。
どれだけ俺を振り回せば気が済むんだろう。
いや、手塚は周りを振り回したりしてない。
俺が勝手に振り回されているだけなんだ。
絶対勝てないのは、テニスだけじゃない。
だから、手塚が好きなのだ。
パソコンを立ち上げ、メールを打ちかけて、結局止めた。
かわりに、手紙を書こう。
今からドイツに出すのでは、きっと間に合わない。
だから、帰ってきた手塚に、直接渡そう。
来年はきっといい年になるよ、と。
俺にとって。
そして願わくば、手塚にとっても。
2010.12.24
手塚は計算してやってるわけじゃないから、怖いんです。
メリークリスマス!