INTERMISSION PLAYER
時々、無性に乾とテニスをしたいと思うことがある。他の誰でもなく、乾とテニスがしたい。
そう強く思う。
いつの間にか、乾とは、テニスの話を殆どしなくなった。
無意識のうちに、お互い口にすることを躊躇っているのだろうか。
手塚も乾も、今はテニスと遠く離れたところで暮らしている。
だが、あの日々を忘れたことはない。
テニスで出会い、テニスが二人を繋いでいたのは、間違いのない事実だ。
進む道こそ途中で分かれたが、乾と共に過ごした三年間は、今でも特別な時間だったと思っている。
かけがえのないものだからこそ、軽々しく扱えない。
乾も自分も、無意識にそんな風に感じているのかもしれない。
今、乾に向かって、ただ「やりたい」と言えば、真っ直ぐにベッドルームへと向かうだろう。
勿論、それでも構わないが。
手塚は、手にはしているが、少しも内容が頭に入らない読みかけの本を閉じて、ソファの背もたれに寄りかかった。
ちらりと視線を動かすと、コーヒーを落としている乾の姿が目に入った。
長身を少し屈めて、慎重に湯を注ぐ背中は、中学の頃に比べるとずいぶん広くなった。
サーブを打つために、しなやかに反らせた背中を、つい思い出す。
乾のテニスが好きだった。
何年も経った今頃になって、特にそう感じる。
乾は身体能力が特別に高い選手ではなかった。
だからこそのデータテニスだ。
自分の長所と短所を冷静に分析し、合理的で無駄のないテニスを極めた。
そんな中学生が、ざらにいるとは思えない。
乾という人間の内面を、そのまま具現化したようなプレイスタイルに、ずっと惹かれていた。
結局、それは。乾その人に惹かれていたということに気づくまで、いくらかの時間が必要だった。
「乾」
「なに?」
乾は、ガラスのサーバーを手にしたまま、顔を上げた。
「やりたい」
「何を。テニス?それともセックス?」
淡々とした口調と表情は、変わることがない。
「どうして、テニスだと思ったんだ?」
「あれ。じゃあ、本当にテニスなんだな」
「そうだ」
ここで、やっと乾の口元の笑みが浮かんだ。
「俺じゃ、相手にならないと思うよ」
「お前がいい」
過去に戦った誰でもなく、乾とテニスがしたい。
乾でなければ、駄目なのだ。
「わかった。いいよ」
乾は、揃いのカップを手に持って、ソファの方に近づいてくる。。
そして、湯気の立つコーヒーをテーブルに置くと、そのまま深く腰掛けた。
予定のない日曜日は、いつもこんな時間の過ごし方になる。
「で、いつにする?」
「お前の都合のいいときでいい」
「そう。じゃあ、調べておく」
乾はスポーツクラブに入っているから、きっとそこを利用するつもりなのだろう。
乾は右手で、手塚は左手でカップを持って、淹れたばかりのコーヒーを味わった。
挽きたての豆を使っているから、とてもいい香りがする。
乾の淹れるコーヒーが、世界一旨いと自信を持って言える。
一口分を、ゆっくり楽しんでから、乾に告げた。
「テニスはいつでもいいが」
「ん?」
カップから唇を離して、乾は手塚の方を向いた。
「もう一つの方もやりたい」
「それは今すぐ?」
「そうだ」
乾は、ふっと小さく笑ってから、手塚の方に少しだけ身体を傾けた。
「いいよ。手塚に誘われるのは、何でも大歓迎」
湿った唇が触れて、すぐに離れる。
目を閉じる暇もなかった。
「でも、せっかく淹れたコーヒーなんだから、全部飲んでくれよ」
「わかっている」
残りのコーヒーは、カップに約三分の一。
急いで飲み干すべきか。
わざとらしく、ゆっくり飲もうか。
ほんの数秒迷ったけれど、結局は普通に味わった。
2008.02.17
半分くらい打ったところで放置していた文。タイトルが決まったとたん、完成しました。