Esquisse 02

今、手塚が身に着けているのはは、半端に引っ掛かったシャツ一枚きり。
それ以外の衣服は、すでに俺が脱がせてしまった。
薄暗い部屋の中だと、シャツの潔癖な白さが眩しく感じる。
その他に手塚の身体の上に残っているのは、半分フレームのない華奢な眼鏡だけだった。
外すために手を伸ばすと、ベッドがみしりと音を立てて軋んだ。

日常生活において、眼鏡が不便だと感じることは沢山ある。
温度差があるとレンズが曇るし、基本的に壊れ物なので激しい運動にも向かない。
コンタクトレンズと違い、正常に物が見える範囲が狭いというのも大きなデメリットだ。
そして、本当の意味で何も身につけていない状態になるには、視力のいい人間よりもひとつ余分な工程が必要になる。
でも、実はそのひと手間が、ベッドの上ではとても重要だったりもする。

手塚の眼鏡を、初めてこの手で外したときのことは、恐らく一生忘れないと思う。
ぶれることなく、まっすぐに向けられた瞳は、少しだけ濡れているように見えた。
指でそっとテンプルに触れると、手塚は静かに目を伏せる。
綺麗な瞼の形や、睫の長さに、自分でも驚くほど、ときめいた。
多分、手塚の眼鏡を外すたびに、そのときの気持ちが、少なからず呼び起こされるのだろう。
この手で手塚の眼鏡を取り上げる瞬間は、息を止めてしまう。

最初に眼鏡を外すことが、そのまま誘うことを意味するときがある。
逆に、今夜のように、眼鏡だけを最後まで残すときもある。
表情がわかる程度に灯りを落とした部屋で、俺達は互いを観察しあった。
俺と手塚の目に浮かぶ色は、きっと同じ色をしているはずだ。

手塚の眼鏡を俺が外し、俺の眼鏡を手塚が外す。
今日は、これが開始の合図だった。
身体を繋いだまま、互いから目を離さない。
言葉はなく、ただ熱い息だけが漏れる。

手塚より俺の方が、視力が低い。
もっと顔をよく見たくて、身体を前に倒す。
手塚は、目を硬く閉じ、短く声を上げ喉を反らせた。
それでも構わずに、顔を近づける。

汗の浮かんだ肌は、ほのかに上気し、荒い呼吸の音が俺の耳をくすぐる。
額に散った前髪を指で払うと、手塚は目を伏せたまま顔をそむけた。
細い顎から耳につながる線が、とても綺麗だ。
血管が透けるほど皮膚の薄い首筋に舌を這わせると、手塚が息を乱す。

「そんなに……見るな」
「目を閉じてるくせに、どうしてわかる?」
「それくらい、わかる」
お前の視線が熱いと、手塚は途切れながら口にした。
そういう手塚の吐息だって、火傷しそうなほど熱いのに。

「手塚の達く顔が見たい」
「だ…めだ」
細い首を捩って、手塚は俺の視線から逃れようとしている。
その顎を捉まえて、俺の方に向けてみる。
抵抗する力がないのか、案外素直に従った。
でも、目は堅く閉じたままだ。

「手塚は俺の顔を見ながら、達きたくない?」
手塚からの返事はなく、ただ荒い呼吸だけが続く。
「見ていいよ」
「嫌だ」
「俺を見て、手塚」

どうして――。
手塚は掠れた声で、喘ぐように言った。
骨の目立つ肩が、小刻みに震える。

「俺はね。欲張りなんだ」
目に見えるものも、そうでないものも、手塚の全部が欲しい。
そして、手塚を欲しがってることを、手塚に知って欲しいから。

長い睫が微かに震え、やっと開いた瞳が、俺を映した。
同時に、俺の目にも、手塚の姿が映し出されているはずだ。
揺れ動く互いの顔を確かめながら、俺達は最後まで強く抱き合っていた。

達した後、手塚は安心したように目を閉じ、そのまま静かに眠ってしまった。
その寝顔さえ、いつまでも見ていたくて、俺は中々眠れなかった。

2008.02.27

近眼同士の、濡れ場は萌える。