蜂蜜は甘い (雨の森オマケ)

温めた牛乳をたっぷりと注いだ青いマグカップ。
それを大きな手で包み込むように持ち、何度も口に運ぶ。
飲み込むたびに、大きく息を吐く。
旨いとか、温まるとか、その度に短い言葉を呟いた。

「やっぱり、ちゃんとミルクパンで温めた牛乳は、美味しいな」
「そんなものか?」
「ああ、レンジを使ったときとは全然違うよ」
手塚にしてみたら、電子レンジの方が加減しにくいから、ミルクパンを使っただけのことだ。
だが、嬉しそうに笑う顔をみていると、この方法を選んで良かったと思えた。

乾がどこで何をして、あんなにずぶ濡れになったのかは、知る由もない。
手塚が本気で問いただせば、答えてくれるのかもしれないが、そこまでする気はない。
帰ってきたときの表情を見れば、少なくとも手塚が心配するようなことではないとわかる。
乾が話したい気分になったら、放っておいても教えてくれるだろう。

「本当に暖まるな、これ」
「そうか」
「うん。少し眠くなってきたよ」
乾はカップをテーブルに置いて、手塚に笑って見せた。
確かに乾の目は、少しとろんとしている。

「ごめん。ちょっと肩を借りる」
乾は首にかけていたタオルを頭に被りなおし、手塚の肩にもたれかかった。
まだ湿った髪が手塚を濡らさないようにという配慮だろう。
こんな風に乾に肩を貸すのは久しぶりだ。
懐かしい重さが心地よい。

「細く見えても、さすがスポーツマンだな」
「ん?」
乾は、手塚の肩の上で、くすっと笑った。
「俺の体重くらいじゃ、びくともしない」
「当たり前だ。これでも鍛えているからな」
傍目には華奢に移るらしいが、乾一人分くらいで、ぐらつくような鍛え方はしていない。

「小さな手塚も、すごく可愛かったけど」
「なに?」
顔を覗き込んでみたら、乾は既に目を閉じていた。
でも、寝言をいっているわけではないのだろう。

「…やっぱり俺は、今の手塚がいいな」
「さっきから何を言っている」
「うん。きっと…小さい手塚には、また会えると思う」
「乾」

もう返事はなかった。
耳を澄ませれば、静かな寝息が聞こえてくる。
せっかく暖まったのに、こんなところで寝るなんて。
「…仕方ない。少しだけだ」
こんなに気持ちよさそうな顔で眠られたら、起こせないではないか――。

乾に肩を貸したまま、テーブルの上に置かれたマグカップに手を伸ばす。
中には、一口分くらいのミルクがまだ残っている。
カップを傾けて、飲み干すと、蜂蜜の甘い甘い味がした。

2008.05.25

同棲大学生。「雨の森」のオマケです。
電子レンジで温めた牛乳とミルクパンを使った場合とで、どれほどの違いがあるか、私にはわかりません。
でも、おそらく乾ならわかると思う。
手塚にとっては、電子レンジに搭載されている様々なモードを使い分けるより、ミルクパンを使って、くつくつ温めるほうが簡単なんです、きっと。