暑さ寒さも
今すんでいるこの部屋は、学生向けの賃貸物件としては、ほどほどの広さだと思っている。問題は、そこで暮らす人間が、二人そろって、やや標準的ではないサイズだということだ。
持ち込める荷物、置ける家具。
どう頑張ろうと、限度ってものがある。
だから、今使っているベッドは、寝るときくらいはのびのびしたいという欲求と物理的限界の狭間で、譲歩できるぎりぎりのサイズだった。
正直な話、一人なら、どうってことはない。
寝相は悪い方じゃないし、手も足も十分にゆったりと伸ばせる。
二人で寝るから、悪いのだ。
そんなことはわかっているが、せっかく手塚と一緒なのに、別々に寝るのはつまらない。
多少狭くても、毎日手塚の寝息を聞きながら眠るのを、やめるつもりはないのだった。
だが、夏場は少々辛かった。
さすがに狭いベッドで、くっついて寝るのは、いくら相手が手塚でも暑いものは暑い。
クーラーを効かせておいて、抱き合って眠るという手もないわけじゃないが、手塚が許してくれるはずはない。
夏の間は、特別な時間帯以外は、お互い背中を向けて寝るという悲しい状況が、度々あった。
ありがたいことに、日本は四季のある国だ。
いつまでも夏が続くわけじゃない。
9月も半ばを過ぎると、夜間は随分涼しくなる。
俺が、それを実感したのは、手塚のせいだった。
手塚は汗だくになったあと、そのまま眠ってしまえるような性質ではない。
汗が簡単に引かない時期は、どんなに疲れていても、ことの後にはシャワーを浴びる。
でも、その夜の手塚は違っていた。
今思えば、ベッドに入る前から少し疲れていたのかもしれない。
俺との情事の余韻を味わう間もなく、すぐに、ことんと眠ってしまった。
それ自体は、初めてのことじゃないし、別に寂しいとも思わない。
でも、綺麗好きの手塚を放っておいていいのかは、気になった。
汗ばんだ額には、髪の毛が張り付いている。
せめて、それくらいは払ってやろうかと手を伸ばした。
睡眠を邪魔しないように気をつけたのだが、手塚はぴくんと小さく動くと、さもうるさそうに俺に背を向けた。
「あらら」
つい、声が出てしまったが、手塚に目を覚ます気配はない。
とりあえずは、安心だ。 寝るのを邪魔されるのが嫌なら、このままにしておくのがいいだろう。
俺は足元で丸まっていた、水色のキルトケットを引き上げて、手塚の肩を丁寧に覆った。
その間も手塚は、こちらに背中を向けたままだったけれど、俺は気にせず仰向けになって目を閉じた。
それから数分後。
うとうとしかけたときに、手塚がもぞもぞ動き出したことに気づいた。
反射的にそっちの方に首を捻ったら、手塚がぐるっと身体を回転させたところだった。
ごつんと互いの足がぶつかり、俺の肩口に手塚の髪が乗っかる。
目を覚ましたのかと思ったが、どうやらただの寝返りのようだ。
そのままじっとしていると、規則的な寝息が聞こえてきた。
手塚が、こんな風に俺に密着して眠っているのは、久しぶりだ。
どういう風の吹き回しか。
考えるまでもなく、理由はすぐに予想がついた。
起こしてしまわないように気をつけながら、そっと背中に手を回し、抱き寄せてみた。
手塚は俺の肩に頭を乗せ、ぎゅっと抱きつくようにした。
勿論、眠ったままでだ。
思ったとおりだ。
きっと、手塚は汗が引いて、身体が冷えてしまったのだ。
だから、人肌を求めて、俺のところに転がってきたわけだ。
それも仕方ないか。
明日はもう秋分の日だ。
真夏のようには、過ごせない。
それは、暑い季節が大好きだった小学生のときなら寂しく感じてたところだ。
だが、今の俺にはちょっと嬉しいことだ。
暑ければ自然と距離をとり、寒ければ勝手にくっついてくる。 とてもわかりやすい手塚の態度に俺は、ひとりでくすくすと笑う。 これから先、季節の変わり目を実感するのは、ベッドの中になるのかもしれない。
それはそれで、大歓迎だ。
こうやって考えてみると、狭いベッドにはそれなりの楽しみがあるのかもしれない。
ベッドを新調するために、密かに金を貯めていたのだが、計画変更だ。
浮いた貯金で、何か別のものを買うのもいい。
寝心地の良いシーツでも探しにいこうか。
手塚の好きそうな手触りで、手塚に良く似合う色の――。
再びうとうとし始めた俺の隣では、相変わらず気持ちの良さそうな寝息が続いていた。
2008.09.23
前にもこんなネタを書いたような。