蜜柑
「お土産」バイトを終えて帰ってきた乾から渡されたのは、半透明のビニール袋に入った沢山の蜜柑だった。
ぱっと見た感じでは、十個以上は入っているようだ。
鮮やかな蜜柑色は、見ているだけで口の中に酸味が広がってくる。
「どうしたんだ、これ」
「バイト先に、静岡出身の人がいてね。実家から毎年大量に送られてくるらしい。そのおすそ分け」
首に巻いた黒いマフラーを外して、乾が笑う。
どうしてここで笑うのか、手塚には理由がわからない。
でも、乾はいつもそんな風だから、いつのまにかあまり気にならなくなった。
「これは、エムサイズくらいかな」
「そうだな。それくらいだね」
乾と暮らすまで、蜜柑がサイズ別に売られているのを知らなかった。
要するに、それまで自分で買ったことがないということだ。
「今、食べるか?」
「うん。食べよう」
手塚が尋ねると、乾はにこっり頷く。
この笑顔の理由は、手塚にも理解できる。
果物を入れる籠なんてないから、少し深めの皿にいくつか乗せてテーブルの上に置いた。
楽な服装に着替えてきた乾と、向かい合わせに座り、丸い実をひとつずつ手に取った。
「美味しいな」
「ああ」
外が寒かったのか、思ったよりも冷えている。
ぬるい果物はあまり好きじゃないので、嬉しい。
「蜜柑って、手塚に似合うよな」
「果物に似合うも似合わないもないだろう」
「あるよ。少なくとも、トロピカルフルーツは似合わないだろ?」
わかるようなわからないような言葉に、ただ首をかしげた。
「蜜柑といえば、コタツだな」
「そうか?」
「そうだよ」
乾は当然だという顔で頷く。
手塚はただ、そんなものかと思うだけだ。
「手塚の家にはある?」
「ある。祖父がよく使うから」
「そうか。……なんだか、コタツが欲しくなってきたな」
「どうして?」
「蜜柑が美味しく食べられそうじゃないか」
「そのために買うのか?」
「そうだよ。変か?」
「変だ」
これは、自信を持って答えられる。
乾の方は、二つ目の蜜柑に手を伸ばしながら、首を捻っていた。
バイト代が入ったからと、乾がコタツを買ってきたのは、その週の終わりだった。
本当に、乾は変な奴だと思う。
2008.11.24
一年位前に書いて、なんとなく放置してました。そのときは、ほぼ会話だけでした。
それにちょこちょこ付け足して、なんとか形にしてみた。
向かい合って、もくもくと蜜柑をむく二人を想像すると可愛い。