Prince of Darkness

三月に入って最初の日曜日は、朝から真っ青な空が広がっていた。
清々しい気分を味わいながら、コーヒーを淹れる準備をする。
一人分にしようか、二人分にするかを迷っていたら、タイミングよく背後でドアの開く音がした。


「おはよう」
先にそう口にしてから振り向くと、手塚が無言で立っていた。
平日よりも、一時間ほど遅いお目覚めだ。
気持ちのいい朝だというのに、なぜか眉を顰めて、口を一文字に結んでいる。
「変な夢を見た」
ぼそりと低く呟く手塚の髪の毛には、見事な寝癖がついていた。

「お前が狼男で、どうやらコックらしい。俺はお前の主人で、やっぱり人間ではないみたいなんだ」
「確かに変な夢だな」
こんがりと焼けたトーストを齧りながら相槌を打つと、ぱらりとパンくずが落ちた。
いつもなら、行儀が悪いと怒るはずの手塚は何も言わない。
今朝方見たという不思議な夢が、よほど気になっているらしい。

狼男の俺と、魔物の手塚が、様々な事件に巻き込まれたり巻き起こしたりという、奇妙な夢だったと手塚は言う。
手塚には珍しく、食事中なのに話が止まらない。
記憶が鮮明なうちに、俺に話しておきたいのかもしれない。

「どうして、あんな夢を見たのか、不思議でしょうがない」
確かに、俺ならともかく、手塚がそんな奇想天外な夢を見るのは、不思議に思える。
だが、夢の元になったのは、恐らく有名な子供向けアニメだろう。
微妙な違いはあるが、狼男でコックなら多分間違いない。
手塚でも、子供の頃は、あんな番組を見ていたのだろうか。
それはちょっと意外だ。

「しかし、俺が狼男ねえ」
コーヒーカップを持ってソファに移動すると、手塚も俺の後を追って、隣に座った。
「自分で言うのもなんだけど、俺じゃあ、ただの犬ってところがせいぜいだと思うよ」
手塚は、コーヒーを一口啜ってから、片方の眉を上げて俺を見た。
「犬だって馬鹿に出来ないぞ。狼や熊と戦う犬だっているからな」
「ああ、俺には無理無理。愛玩犬でいいよ」
「愛玩犬という柄か?」
馬鹿にしたように手塚が笑った。

「手塚は、俺が犬と狼ではどっちがいい?」
「犬と狼か?」
手塚はほんの数秒だけ考えて、すぐ口を開いた。

「犬だな」
「どうして?」
「犬の方が扱いやすい」
そうだろう?とでも言いたいのか、手塚は挑発的に顎を上げて、俺を見る。
そして、掌を上に向けて、カップを持ってない方の手を、俺の前に差し出した。
犬になったつもりで、手を置くと、満足したように手塚は頷いた。

「俺は手塚に絶対服従の忠犬ですから」
おとなしく手を置いて、忠誠を誓う。
俺の全部は手塚のものだと、冗談抜きで思っている。
「でも、たまには、狼になっても構わないぞ」
微かな笑みを浮かべる唇は、間違いなく俺を誘っていた。

「ベッドに戻っていいなら、すぐにでも変身するよ」
「狼だろうが、犬だろうが、主人は俺だからな」
「Yes Your Highness」
さっきとは逆に、俺の掌に手を置いてもらい、白い指先に口付けをした。

ぴくりと、手塚の肩が揺れた。
「どうして、わかったんだ?」
「え、なにが」
顔を上げると、手塚は驚いたように目を瞠っていた。

「俺は夢の中では、王……」
そこまで言って、手塚は急に唇を閉じた。
「ん?なに?」
「いや、なんでもない」
気のせいか、手塚の頬は薄っすらと色づいている。

どうやら、手塚の見たという夢は、俺の想像が正解だったらしい。
「原作に忠実なんだな」
「何のことだ?」
今度は手塚が俺に尋ねたが、俺は黙って、首を横に動かした。
「なんでもない」

こんな美形の王子様がいる国になら、ぜひとも住んでみたい。
料理係でかまわないから、住み込みで働かせてくれるだろうか。
狼男にはなれなくても、一時的になら狼には、なれる。
それを証明するために、前置きなしのキスをしたら、逆に唇を軽くかまれた。
この王子様は、顔は可愛いけれど、少々荒っぽい性格のようだ。


2008.03.13

同棲大学生です。手塚が見た夢というのは、溺れる回・遊・魚様の「満ち欠けるもの」のことです。
シンクロさせて欲しいとお願いしたところ、快く了解してくださいましたので、お言葉に甘えて書かせていただきました。ありがとうございます。

「Yes Your Highness」という台詞は、私が勝手に書いたものです。捏造しすぎでごめんなさい。でも、世界をつなげることができて、とても幸せでした!