柚子

乾は最近、柚子に凝っている。

三度の食事のうち、どれかに必ず柚子が使われ、食べない日はないと言っていい。
薬味や隠し味のように、脇役として使うのではなく、柚子そのものを美味しく食べられるメニューを選んでいるという感じだ。
この日曜日など、柚子ジャム作りまで挑戦したから、驚きだ。
確かに、マーマレード風に仕立てたジャムは、とても香りがよくさっぱりとしていて、予想以上に美味だった。
しかし、まさかここまで、乾が柚子に嵌まるとは思わなかった。



毎年、手塚の家には、親戚から大量の柚子が送られてくる。
手塚が実家に顔を出したとき、せっかくだから少し持って行けと、母親から強引に押し付けられた。
実際に持たされたのは、少しと呼べる量ではなかった。
これを、二人で食べきれるのだろうかと考えたほどだ。
だが、もしも食べきれないなら、風呂にでも入れればいい。
そんな気持ちで、柚子がぎっしり詰まったビニール袋を持ち帰ったのだった。

「風呂は、もったいないよ」
大量の柚子を見た乾は、手塚の考えをあっさりと却下した。
「まずは美味しくいただくのが優先だ」
「美味しくといっても、柚子の使い道なんて、限られているだろう?」
この発言が、乾の探究心を刺激してしまったらしい。
にやりと笑った乾が、プリントアウトしたレシピの束を手にして戻ってくるまで、それほど長い時間はかからなかった。

手塚が柚子といって最初に思いつくのは、吸い口や薬味で、大量に使うイメージはなかった。
酸味が強いから、蜜柑のようにそのまま食べることもない。
メインになりえない食材を、一体どうするのかと思っていた。
さすがに乾だけあって、そのあたりも抜かりはない。
柚子ならではの風味を生かした、和洋を問わない料理が食卓に上った。

酢やドレッシングの代わりに使えば、とても香りがよく爽やかな味わいになる。
白身の魚や大根と合わせて蒸しても美味しい。
乾特製の柚子味噌は、鶏肉と抜群の相性だった。
三度の食事だけでなく、柚子はデザートにも合う。
特に、暖かい部屋で食べる、柚子シャーベットは絶品だった。

よくもまあ、これだけのレシピを探し出してきたものだ。
しかも、連続して食べても飽きさせない工夫がすごい。
結局、手塚が持ち込んだ柚子は、たちまち消費された。
だが、乾の柚子熱は冷めることがなく、ときどき買ってきては、香りを楽しんでいる。
いい加減にしないかと言いたくなるときもあるが、その原因を作ったのは、手塚本人なので、口出しはしにくい。
何よりも、実際に乾が作る料理は旨いのだから、文句を言う筋合いはない。
まあ、心配しなくても、自然と飽きていくだろう。


考えてみれば、これまでも何度か似たようなことがあったように思う。
今まで見向きもしていなかったものに、突然凝りはじめ、それしか目に入らなくなってしまうようなところが、乾にはある。
一旦そうなってしまうと、手塚や周りの人間が何を言っても乾の耳には入らない。
あとはもう、気の済むまで好きにさせておくしかない。
だが、どれだけ度を越えた行動に見えたとしても、決してマイナスの結果にはならないのが不思議だ。

今回のことにしても、これだけ柚子を食べたら、当分は見るのも嫌になりそうなものなのに、少しもそう感じなかった。
それどころか、今まで食卓の脇役でしかなかった柚子を、見直させてくれたことに感謝さえしている。
来年は、親戚に頼み込んで、少し多めに送ってもらおうか。
だけど、それを乾に言ってしまうのは、調子に乗せてしまいそうで少々悔しい。

手塚がそんなことを考えているのを乾は知らない。
きっと、今夜のメニューにも、さりげなく柚子は使われているのだろう。

2009.01.04

自重していた柚子話を仕上げてみた。手塚に柚子は似合うと思うんだ。

柚子のシャーベット美味しいです。自分で作ったことはないけど。
自分ちに柚子の木があったら、どんだけ幸せだろう。いいなあ、柚子のある家。