左利き用の鋏

「お前は、良く切れる鋏のようだ」
遠まわしに馬鹿と言われたのかと思ったが、そういうわけではなさそうだ。
悠然と微笑む顔にも、静かな語り口にも、皮肉めいた様子はない。
薔薇を生けながらの言葉だから、切花からの発想なのかもしれない。

今日、乾が持ってきた薔薇は、淡く微妙な色合いをしている。
ピンクとオレンジを混ぜ、全体に紗をかけたような色だ。
乾は知らなかったが、ピーチアプリコットと呼んだりするらしい。
柔らかく温かみのある色合いが春らしい気がして、選んだ。

手塚はいつものように、自らフロストガラスの花瓶にそれを生けた。
白く細い指が薔薇に触れ、それを静かに挿していく。
ただそれだけなのに、神聖な儀式を見ているような気分になる。

「鋏と言われたのは初めてです」
勧めらた椅子に腰掛けたまま、視線だけを手塚に向けた。
手塚は薔薇を生けたガラスの花瓶を窓際に運び、角度を確かめてから慎重に出窓に置いた。
それから、ゆっくりと乾の正面に歩いてくると、ふっと目を細めて笑った。

「使い方を間違えさえしなければ、とても役に立つ」
さっきまで、薔薇を持っていた手が、乾の頬に触れる。
暖かい夜なのに、彼の指は冷たい。

「布を裁ったり、紙を切ったり、料理にも使える万能の道具だ」
冷えた指が、つぅっと輪郭にそって滑る。
ぞくりと背筋を這い上がるものがあった。

「だが、その気になれば、人を殺す道具としても使える」
ボスの言葉は、いつも正しい。
確かに、自分という存在は、手塚専用の道具でしかない。

「俺が一番お前を上手く扱える」
「その通りです」
貴方のために作られた鋏だから。
言葉にはしなくても、見上げた瞳の色を見れば、言いたいことは伝わっているとわかる。

「左利き用の鋏は、少ないからな。お前は、貴重な存在だ」
「光栄です」
笑顔を返すと、彼は頬に乗っていた指を滑らせ、乾のとがった顎を持ち上げた。

「よく砥がれた鋏だ。花を切るだけでは勿体無いな」
ボスは、細くしなやかな身体を倒し、乾の顔を覗き込む。
ふわりと甘い香りが漂う。
きっと乾が持ってきた薔薇の残り香だ。

「貴方が望むなら、いつでも武器になります」
手塚は満足そうに微笑んでから、吐息がかかるほど顔を近づけた。
視界に映る彼は、陽炎のように熱く揺らめく。
少し気が遠くなったのは、息をするのを忘れていたからか。

「お前は俺のものだ」
「はい」
「今日も、明日も」
「はい」
「永遠に」

それこそが、道具としての自分の真の望み。
重ねられた彼の唇の隙間へ、肯定の言葉を滑り込ませた。

2008.05.14

マフィア乾塚。道具でありたいと願う乾に萌える。