Trigger

気がつけば、右手に銃を握っていた。
人を殺すための武器は冷たく重い。
初めて受け取った瞬間から、その重さは当たり前のように、この手に馴染んだ。
引き金を引いた回数など覚えてはいない。
今まで何回の瞬きをしたかを覚えていないのと同じようなものだ。

だけど、一度だけ銃ではなく、刃物で人の命を奪ったことがある。
他人の血で染まった自分の手から、その刃物はなかなか剥がれてはくれなかった。
何度手を洗っても、血の匂いと粘りつくような感触がいつまでも残っているような気がした。
銃を撃つのとは、決定に違うのだと初めて知った。
自分には、銃の方が向いていると自覚したのもその時だ。

こんな手で、あの人を抱いていいのだろうかと、ときどき思うことがある。
あの白く清潔な肌を、血にまみれた指で触れるなど許されないのではないか。
病室のような部屋の中で、自分ひとりだけがひどく汚れているように思えた
でも見えない汚れは、ボスの命を守るために必要なものだったのだ。
それを否定するのは、おかしいとも思う。
生きるということは、それだけで他の何かを奪うものだ。

ボスは、知らないはずはない。
乾の手がどれだけ血に濡れてきたかを。
それでも、あの人はこの手を厭うことはない。
掌で肌を撫でれば、猫のように目を細めて、感触を楽しんでくれる。
ときには、笑いながら指先を軽く噛んでみたりもする。

ボスに触れるたびに、この手に染み付いた汚れや死の匂いは、どんどん浄化されていくような気がした。
ここにいていいのだ。
この人を愛してもいいのだと、許されていると思った。
安心して両手に力を込めても、手塚は逃げたりしない。
同じような力で、乾を抱き返してくれる。

この世界に存在する、ありとあらゆる命の中で、一番尊く大切なもの。
それを守るためなら、どんなときも躊躇わずに引鉄を引く。
地獄に堕ちる覚悟ならとうにできている。

生きていかねばならない。
どんなことをしても。
地を這いずり、泥を啜ろうとも、生き延びねばならない。
あの人の武器として使い物になるあいだは。

いつか、この罪を贖うときがきても、あの人が生きてくれているのなら、きっと笑っていられるだろう。
それを支えにして、また引き鉄を引くのだ。

2009.01.25

手塚のために、武器として生きる乾に萌える。