白皙
肌の色はおそらく母譲りで、小さなころから色が白いと言われてきた。テニスを始めてからは、どうしても日焼けをするので、あまり白いとは言われなくなった。
夏の終わりになると、日にさらしていた肌とそうでない部分に、うっすら境界線がついている。
入浴するときにそれに気づくと、ああ焼けたんだなと思う。
毎年その繰り返しだった。
大人と呼ばれる年齢になった今も、一年中テニスをしているから、それなりに日に焼けている。
それでもやっぱり平均的な日本人よりは、多少白いのかなとは思う。
客観的に判断のつくことなので、外見には無頓着な自分でもわかる。
だが、自分の知る範囲の日本人で、もっとも色が白いのは乾だろう。
中学のテニス部時代に、よく白い白いと他の部員に驚かれていた。
あまりそういうことを気がまわらない手塚でさえも、部室での着替え中に、乾の真っ白な背中を見て驚いたりしたものだ。
不二もどちらかといえば色白の方だったが、髪の毛や目の色なども含めて、全体的に色素が薄いという感じだった。
乾の場合、髪や目は真っ黒だったから、よけいに肌の白さが印象に残ったのかもしれない。
あまりに白くて、乾の肌に触ると、自分の指まで白く染まりそうな気がした。
実際に触れて確かめてみたいと思うようになったのは、いつからだったのか。
中学を卒業して十年も経ってしまったら、もうはっきりとは思い出せない。
今は誰よりも近くで乾の肌を見られるけれど、ときどき何かのスイッチが入るように、無性に触りたくてたまらなくなる。
PCに向かっているときの乾は、あまり周りの音が耳に入らないようだ。
仕事でも長時間PCを使っているはずなのに、帰宅してからもずっと画面を見ていて、よく疲れないものだ。
夕食を終えてから、かれこれ一時間くらいはPCに向かっているのではないか。
ポロシャツを着た背中は、後ろから近づいている手塚に、気づいている気配はない。
ほとんどマウスには触らず、両手はずっとキーボードに乗ったままだ。
カタカタという打鍵の音は、軽快でリズミカルだ。
器用に動く長い指は、そこだけが独立した生き物にも見えた。
無言で背後から近づき、ややうつむいた乾のうなじに、そっと指で触れてみた。
「なに?」
乾は驚くでもなく、わずかに頭を上げただけだった。
びっくりさせたかったわけではないが、こうもあっさりした反応だと面白くはない。
「なんでもない」
「手塚って、よく俺の首のあたりを触るよな」
触った瞬間は振り向きもしなかった男が、ゆっくりと手塚の方に首をひねった。
口元には、にやにやとした笑いが浮かんでいた。
乾は、手塚よりもずっと髪が短く、いつも日に当たっているせいか、うなじは真っ白というわけではない。
だが着ている濃紺のポロシャツの襟元からは、白い肌が覗いていた。
二十歳を超えても、乾の肌は十代のころのように滑らかなままなのを、手塚は良く知っている。
「なんだか、お前の首を見ていると噛みたくなるんだ」
触りたいではなく、噛みたいと言ったのは、ただの冗談みたいなものだ。
「強暴だなあ。実は吸血鬼だとか言い出さないでくれよ」
「吸血鬼がテニスなんかやるか」
「いまどきの吸血鬼は、完全なUV対策が可能なのかもしれない」
こういう冗談を真顔で言えるのは、乾の特技だろう。
そして、手塚がなんの反応を示さなくても平気でいられるのも、やっぱり特技なのかもしれない。
「嫌か」
「何が?」
手塚の顔を見上げる乾の目の色は、深い黒だ。
黙っていると怜悧な印象を与えるこの目が、ときには悪戯っぽくなったり、優しくなったりするのを、一番よく知っているのは多分手塚だろう。
「俺に、首を触られるのは嫌か」
「まさか。好きなだけ触ってくれていいよ」
乾は軽く笑って、自分の顎を上げた。
真っ白な喉が、手塚の目の前に無防備に晒される。
手塚が本当に吸血鬼だったら、すぐに牙を食い込ませたかもしれない。
あいにく人間なので、そんなことをする気はない。
左の人差し指と中指の二本で、そっと首筋に触れてみる。
真夏なのにあまり汗をかいてはいない。
滑らかな感触は、陶器を思わせた。
「指先で触れると、ちょっとくすぐったいな」
目を細めて乾が微笑む。
「そうか」
それならばと、首全体を軽く包むようにして、すっと撫で上げてみた。
絞めないでくれよと、笑う声がした。
「そんな趣味はない」
首を絞めたりはしないが、好きにはさせてもらう。
椅子に座る乾の首元に顔を寄せ、軽く歯を立ててから舌先で肌に触れてみた。
「乾の味がする」
「やっぱり吸血鬼なんじゃないのか?全然、年をとる気配がないから怪しいとは思ってたんだ」
「だったらどうする?」
「んー」
乾は軽く首を傾げたが、5秒くらいで元に戻した。
「どうもしないかな」
「いいのか。俺に血を吸われても」
「手塚に吸収されるならかまわないよ。俺の体液が手塚の血肉になるなら、本望だ」
真面目な顔をすればするほど、ふざけて見える男が、楽しげに目を細めて笑った。
ということは、今の言葉は本気ということか。
でも、手塚の目には本当に楽しそうに見える。
ややこしい男だ。
「なんなら、これ脱ごうか?」
乾は自分の着ているポロシャツの胸のあたりを引っ張った。
「あとでいい」
「あと?ベッドに入ってからってこと?」
「ああ」
「了解」
満足げに微笑む男の唇に、自分の唇を重ねてやろうとしたら、先回りするように腕をつかまれた。
そして強引に乾の足の上に座らせられてしまった。
「今度はこっちの番」
「お前も味わいたいのか?」
「うん」
乾は笑いながら、ゆっくりと唇を近づけてくる。
薄い唇は、笑った形のままだ。
その唇を手塚の首筋に押し当てた。
濡れた感触は、きっと乾の舌だ。
さっきの手塚のように、今度は乾が自分を味わっているのだ。
自然と目を伏せてしまったのは、全部を乾に委ねたくなったからかもしれない。
腕と足を絡ませて、お互いを求め合う。
乾の白と、自分の白。
わずかに違う肌の色が交じり合い、区別がつかなくなればいい。
目を閉じても、乾の肌の白さがまだ眩しかった。
2013.08.08(2014.01.18一部修正)
色白の乾に萌えます。多分、手塚も色白な乾が好きだと思うの。