反応式*

料理は科学の実験に似ている。
だから、俺は料理が好きなのだと、ずっと前に乾が言っていたことがある。
実は、乾にとってはセックスも実験みたいなもののではないかと、時々思うことがある。

意地の悪い顔をしているときは、まだいい。
手塚の弱いところばかりを責め続け、そのくせ、すぐに達けるような場所には触れようとはしない。
執拗に焦らしながら、薄い唇の端を持ち上げ、ほんのわずか目を細めて笑う。
されている側からしたら、堪らないやり方だ。
でも、それは乾なりのサービスであり、行為を楽しんでいる証拠でもある。

性質が悪いと感じるのは、真っ最中に、やけに真面目な顔をしているときだ。
手塚の方は、汗にまみれ息を乱し、必死で声を上げるのをこらえているのに、乾は全然違う。
乾の顔はいたって平静で、切れ長の黒い目は、むしろ普段以上に冷えているようにさえ見える。

首筋を掠める唇や、肌の上を滑っていく指の動きは、嫌になるほど繊細だ。
触れるポイントは的確で、その強弱も悔しいほどに心得ている。
あっけなく喘がされ、抑えようとしても抑えきれない。
それどころか、手塚が耐えていることを知ったら、乾はさらに弱いところを探り出し、結果的にどうしようもなく乱れてしまう。

そんな手塚の様を、乾はあくまで冷静に観察しているだけ。
そんな風に見えてしかたないときが、確かにあるのだ。



「お前、面白がってないか?」
「なんのことだ?」
「しらばっくれるな。たった今、お前がやっていたことだ」
ベッドの上に裸で横たわったまま、乾は不思議そうな顔で、手塚を見返している。
その目には、すでに眼鏡がかけられていて、それが手塚には不愉快だった。

手塚の方は、やっと荒かった呼吸が静まり、なんとか話せるようになったばかりだ。
身体にはまだ余韻が強く残っていて、下手に動くこともままならない。
そんな状態を、眼鏡をかけた状態で、じろじろと見られるのは、あまり嬉しくはない。

「お前は、やっている間中、俺の反応を観察して、面白がっていたんじゃないのか」
乾は、仰向けになって、しばらく黙って考えていたが、やがて手塚の方に向き直り、ふっと笑って見せた。

「多少は、そういう部分はあるってことは、否定しない」
手塚が思わず睨み付けると、乾は、誤解しないでくれと、低く囁いた。
「俺は、面白がっているわけじゃない」
「どういう意味だ」
「どんなことをしたら、手塚ともっと深く楽しめるか知りたいんだ」

乾の片手が伸びてきて、手塚の髪に触れる。
振り払いたかったが、重たい身体では間に合わず、それを許してしまった。
耳のすぐ後ろに乾の指が触れた瞬間、甘く疼くような感覚があった。
乾がわざとそうしたことくらい、よくわかっている。

「それは、今の状態には満足してないってことなのか」
少しも感じてないふりをして、わざとつっけんどんに言い返した。
「そうじゃない。いつも、すごくいいよ。もちろん、今日もね」
笑いながら、乾は大きな手で手塚の身体を抱き寄せた。

「でも、もっと楽しめるなら、それに越したことはないじゃないか」
放せと言いたかったが、腕の中は悔しいけれど心地がいい
「手塚だって、やるなら気持ちがいい方がいいだろう?」
笑い混じりに、耳元で囁く声は甘い。
どうも、うまくごまかされている気がする。
だが、乾の腕の中に閉じこまれてしまったら、それに従うしかないのだ。

うとうとしかけたところで、また低い声が聞こえてきた。
「嫌か?」
「…なにが」
「俺と寝るのは」
「嫌じゃない」
嫌じゃないから、困るのだ。

「俺だけが、余裕がないのが癪に障るんだ」
正直に打ち明けると、乾は楽しげにくすくすと笑った。
「手塚がその気になれば、簡単だと思うけどな」
重い瞼をなんとか開いてみると、薄情そうに微笑む男と目が合った。

「手塚が本気になれば、俺の余裕なんてすぐに消滅するよ」
「どっちに転んでも、楽しいのはお前じゃないのか」
「そうかもしれないな。でも試す価値はあるんじゃないか?」
乾は、にやりと笑って、綺麗な形の唇を、手塚の唇に押し当てた。

どうしたら、この澄ました顔をした男を、泣かせてやれるだろう。
なにかいい方法を模索したところで、ベッドの中での勝負は、どう頑張っても乾に分があるような気がしてならないのだ。


2009.11.27

エロ職人乾。手塚は天性の受け。いい組み合わせじゃないか。
大人同士のイメージで。