溺れる日*

今、溺れかけている──。
水の中で溺れたことなどないのに、乾とベッドの中にいると、ときどきそんな錯覚に陥る。

ベッドの上は、狭くて深いプールのようだ。
その中で、うまく息を吸うことも吐くこともできずに、ただ喘ぐ。
自分が目を開いているのか、閉じているのかもわからなくなる。
身体の自由がきかなくて、足に絡んだ湿ったシーツをはらうこともできない。
自分を組み敷く男の重みだけが、今、頼ることのできる確かなものだ。

強すぎる快感は、熱くて苦しい。
その感覚は、ときに不安や恐怖さえも、呼び起こす。
日常では、ほとんど忘れているものを、ベッドの上で思い知らされるのは、悪い冗談なのか。
乾の腕の中から逃げ出したいのに、縋ってしまうのは乾の広い背中だ。
これも冗談の、ひとつなのかもしれない。

苦しいのに、気持ちがいい。
怖いのに、止められない。
どこまで落ちて、どこまで登りつめればいいのか、見当もつかない。
最後まで、息が続くかどうかさえあやしい。

でも、乾は、ゴールを知っている。
どうやれば、そこに行き着けるかも、ちゃんとわかっているはずだ。
だから、乾に任せていれば、きっと大丈夫。

溺れそうになったら、手を伸ばせばいい。
そうしたら、乾が引き上げてくれるから──。

遠くなる意識を引き戻すように、唇を合わされる。
乾の吐息を奪い返して、やっと肺の中に酸素が満ちた。

抱かれなければ、溺れることはない。
だが、抱かれなければ、ここまで近づけはしなかった。
何かを得るためには、越えなければいけないものが、きっと沢山あるのだろう。

いつか、もっと上手に、泳ぎきれるようになるのだろうか。
その答えを知っているはずの男は、ただ微笑むだけで何も言うことはなかった。


2010.02.02

喘ぐしかできない手塚に萌える。