硬い背中(R15)
手塚を後ろから抱くことを、長い間ずっと避けていた。薄暗い部屋の中で、手塚の背中が仄白く浮かんでいる。
肩に掌を置くと、滑らかな肌は、すでにしっとりと汗をかいていた。
背骨に沿って指先を滑らせれば、手塚の肩がぴくりと動く。
たまらなくなって肩甲骨の間に、そっと唇を寄せる。
いぬい、と呼ぶ声は、ごく小さい。
乱れたシーツの皺に吸い込まれてしまったのかもしれない。
もっと声が聞きたくて、白い手塚の背中に、何度もキスを繰り返した。
まだ手塚が青と白の青学ジャージを着ていたころ、この背中はもっと頑なだった。
手塚が人を避けたわけでも、周りが手塚を避けたわけでもない。
突出した才能は、安穏とした日常には、どうやっても溶け込めないのだろう。
手塚は孤独だった。
沢山の理解者がいても、親しい友人がいても、やっぱり孤独だった。
それを全部受け入れて、まっすぐ背筋を伸ばして立っている手塚に、どうしようもなく惹かれていた。
憧れて、恋焦がれて、ときには憎いとさえ感じたこともある。
手塚には、絶対追いつけないと思っていた。
触れてはいけないとも、思っていた。
誰も寄せ付けない硬い背中を、抱きしめたくて仕方なかったのに──。
汗に濡れた背中は、あの頃よりもずっと広い
薄い皮膚の下に、しっかりとした筋肉を感じる。
その感触は今もやはり硬いけれど、あの頃のような頑なさは、もうない。
腰を支えている手に力を込め引き寄せると、俺を受け入れたまま、しなやかに背を反らせた。
後ろから手塚を貫くのは、自分だけが快楽を追っているように思えて、以前はできなかった行為だ。
今こうしていることが、時々信じられない。
好きだという言葉を、心の中で何度も繰り返しながら、手塚を突き上げる。
許しを請うための言葉じゃない。
本当に、手塚が好きで好きでたまらないのだ。
追い続けた背中を見つめながら、今も苦しいくらいに手塚を求めている。
それが手塚に伝わればいい。
腰をぶつけるように激しく穿つと、手塚の身体が、がくがくと震えた。
てづか、と喉の奥から絞り出した声は、手塚の耳に届いたろうか。
呼吸が落ち着くのを待っている間に、少し眠っていたようだ。
でも、まだちゃんと手塚は俺の腕の中にいる。
こちらに背中を向けているので、表情まではわからなかった。
小さな声で呼んでみたが、返事はない。
きっと熟睡しているのだろう。
疲れさせた自覚はある。
こうやって背中から抱きしめると、あの頃のことを思い出す。
相変わらず無駄なものは何もない、細い身体だ。
でも、もう誰にも華奢とは言わせない、しなやかな強さがある。
そんな手塚もいい。
遠かった背中に、追いつけたわけじゃない。
手塚の方から、歩いてきてくれたから、今こうして抱きしめられる。
俺に背中を預けて眠る手塚を、もう一度抱きなおして目を閉じた。
2012.5.9(2012.08.02加筆修正)
最初に思いついたときは、単なるエロだったんですが、なぜかこうなった。
乾は、手塚とどんな関係になろうとも、憧れ続けるんだろうなと思う。