煙草

「来ていたのか」

手塚は、肩に薄っすらと積もった雪を払い落とし、首に巻いていたマフラーを静かに外した。
「おかえり」
俺が笑いながら言っても、にこりともしない。
だが、部屋の中が暖まっているのは嬉しいらしく、ほっとしたように息を吐いていた。

俺は手塚の部屋の、そして手塚は俺の部屋の合鍵を持っている。
だから、好きなときに、勝手にお互いの家に上がり込むことが出来た。
今日は俺の方が早く仕事が上がったので、手塚の部屋で帰りを待つことにしたのだ。


「疲れた顔、してる」
俺がそう言うと、手塚はネクタイを緩めながら眉を顰めた。
「今週はずっと忙しかったからな」
手塚には珍しく、脱いだばかりのスーツの上は、椅子の背にかけたまま。
口調もだるそうだ。
だが、これでも決して機嫌が悪いわけではない。
むしろ手塚は、肉体が疲労することを好んでいるようにさえ見える。

「食事は?」
「まだだ」
「何か食べるなら、すぐに作るけど?」
「あとでいい。先にシャワーを浴びたい」
潔癖症気味の手塚らしい台詞だ。

「じゃ、その間に用意だけしておく」
「頼む」
手塚はそう言い残し、着替えを取りに隣りの部屋に入っていった。
その間に一息つこうと、俺はシャツのポケットから煙草を取り出して、火をつけた。

「お前、禁煙していたんじゃなかったのか?」
戻ってきた手塚は、すぐにそれを指摘する。
「ああ、また今回も駄目だったよ。一週間でギブアップ」
「どうせそんなところだろうと思っていたが、やっぱり予想したとおりだったな」
「酷い言い方」
「お前が禁煙すると言い出したのは、これで何度目だ?」
手塚は、馬鹿にしたような笑いを口の端に浮かべ、俺に近づいてくる。

俺の頬に手をかけ、少し髪を乱した手塚が見下ろす。
そして俺の銜えていた煙草と取り上げ、かわりに、いつもより乾いた唇を重ねてきた。
薄い背中を抱こうとした腕から、するりと抜け出し、手塚は俺から奪った煙草を口に銜え、ふうっと煙を吐き出した。

「これは貰っておく」
薄い唇がそう呟いた。

それは俺が7回目の禁煙に失敗し、8回目の禁煙を決意した夜だった。


2006.1.20

昨日アップした「煙草塚」絵に、「手塚は乾から煙草を取り上げて自分が吸いそうだ」というコメントを複数いただいちゃったんですよ。ぎゃあ。それは萌える…!

それで調子に乗って描いたのがこれでした。ふたりとも社会人設定。半同棲。細かいことは考えてないです。
コメントしてくださった方々ありがとう。楽しく書きました。