糖分控えめ
子ども扱いされて反発したくなるのは、きっと本当に子どもだからだ。「熱いですからね。気をつけて」
幼かった頃に、よく言われた言葉を今聞くと、ただ懐かしい。
少々面映くはあっても、決して嫌なものではなかった。
冬至といえば、かぼちゃに柚子。
国光は、小さな頃からそう覚えてきた。
記憶している限り、少なくともそのどちらかを冬至に欠かせたことは、手塚家では一度もないはずだ。
一番夜の長い日に、役を払い無病息災を願うという冬至の由来は、祖父から聞かされていて、幼いなりにもその意味はなんとなく理解していたように思う。
甘いかぼちゃを食べたり、柚子湯に入るのも、楽しかった。
だから、国光にとっては、クリスマスや大晦日と同じくらい、存在感のある行事だったのだ。
「出来ましたよ。さあどうぞ」
子どもの頃とそっくり同じ台詞で、乾が国光の前に湯気の立つ椀を置く。
「一年ぶりだな」
国光がそう言うと、乾は少し笑いながら、はいと答えた。
一年ぶりの、かぼちゃぜんざいは、懐かしい香りがした。
ふかしたかぼちゃに白玉団子をのせ、そこに熱々のつぶ餡をかける。
手塚家の冬至は、ずっとこうだった。
このマンションで、一緒に暮らすようになってからは、乾が作ってくれている。
大学進学と同時に実家を出て、執事見習いの乾とふたりで暮らすようになってからも、季節の行事の過ごし方は変わっていない。
そうなるよう、乾が気を使ってくれているからだ。
乾と二人きりの毎日は、驚くほどに快適だ。
執事見習いとはいえ、まだ若い男性が、生活のすべてを担うのは簡単ではないだろう。
だが、乾は、ゆったりとした時間をくれる。
ある意味、実家にいたときよりも、静かで穏やかかもしれない。
ぜんざいは、朱塗りの椀に品よくよそってある。
それを手に取り、左手で揃いの赤い匙で掬う。
まだ湯気の立つかぼちゃを、火傷しないように気をつけながら、口に運んだ。
ああ、この味だ。
つい、そんなことを言いたくなる。
熱くて、甘くて、懐かしい。
一年に一度の、素朴で暖かい味。
寒い冬の夜には、ぴったりだ。
正直に言えば、子どもの頃ほどには、甘いものは好きではなくなっている。
だが、そのあたりは、乾はもう気づいているらしい。
ここ数年作るものは、昔に比べると、かなり甘さが控えめだ。
バターや生クリームをたっぷり使ったケーキより、この素朴な甘さが好きだった。
それは今でも変わらない。
もともと、このぜんざいは、乾の父親が作ってくれたものだ。
このマンションで暮らすようになってからは、ずっと乾が作ってくれている。
どちらも美味しいけれど、今の国光の好みを良く知っている分、乾の作るものの方がより口に合う。
きっと、乾の父親が作るなら、子どもの頃良く食べた、もっと甘い味付けだろう。
物心がついたころから、乾はずっとそばに居た。
幼い国光にとっては、優しい兄のような存在だった。
執事という存在を理解し始め、いずれは乾が手塚家を切り盛りするのだと知ったとき、少し距離が開いてしまったような気がしたものだ。
だが、今はずっと乾が自分の近くに居てくれることを、心強く思う。
「舌を火傷なさったんじゃありませんか?」
いつのまにか黙り込んだ国光が心配になったのか、乾が優しい声で問いかけてくる。
「いや。大丈夫だ。じっくり味わっていただけだ」
ああ、この言葉も懐かしい。
確かに小さな頃は、猫舌気味で熱いものが苦手だった。
今では、対処法もわかったし、あまり苦労することはなくなっている。
でも、乾が昔と同じように、気をつけてと言ってくれるのが嬉しいので、それは教えていない。
「お前も一緒に食べないか」
「では、お言葉に甘えて」
乾は静かに微笑み、向かいの席についた。
本当は、甘えているのは自分の方だ。
実家にいたころは、決して主人と同じ食卓につくことはなかった乾を、ひとりの食事は味気ないから嫌だとわがままを言って、つき合わせているのだ。
乾は、常に国光を子ども扱いするわけではない。
普段は年相応の扱いをしてくれるし、二人きりとはいえ、この家の主人として認めてくれてもいる。
だけど、日常のふとした場面に見せる心配性の顔は、十年以上前からずっと変わっていない。
風呂上りには、湯冷めしないようにと声をかけ、天気の悪い日には、一枚多く着ていけと上着を持ってくる。
そんな風に甘やかせてもらえる時間は、そう沢山は残っていない。
大学を卒業したら、本格的に父の後を継ぐための日々が始まる。
そのときには、こんな風にゆったりとした時間は過ごせなくなるだろう。
もしかしたら、ここを引き払い、自宅の方に戻ることになるかもしれない。
そうなれば、こうやって二人きりで食事をする機会もなくなるだろう。
寂しいけれど、それは避けられないことだ。
いつまでも子どもでは、いられないのだから。
だったら、与えられたこの時間を大切にしよう。
少しのわがままを許してもらえる、今このときを──。
「柚子湯も用意してあります。ゆっくり温まってくださいね」
タイミングを見計らって、お茶を運んできた乾が笑う。
「ありがとう」
心づくしの甘いかぼちゃと、暖かい風呂のふたつが揃っていれば、きっとこの冬も風邪を引かずに済むだろう。
小さな子どもじゃなくたって、一年に一度くらいなら、素直に甘えてもきっと大丈夫だ。
2009.12.25
執事乾と坊ちゃんな手塚。
アップがクリスマスになったけど、冬至話です。
かぼちゃ+白玉って美味しいよね。手塚は白玉好きのような気がしてならない。