優しくしないで

優しくされると泣きたくなる。

孤独が特別好きなわけじゃない。
だけど、得意か不得意かと言われたら、自信を持って得意だと答えられる。
少しの寂しさは、なぜか不思議と心地よい。

小さな頃から、ひとりでいるのが当たり前だったからだろうか。
甘やかされるのは、得意じゃない。
冷たくされたり、厳しくされる方が、気が楽だ。
あまり優しくされすぎると、どうしていいのかわからなくなる。

胸の中に波が立つような感じがして、息が苦しい。
それを抑えようとすると、余計に心臓が落ち着かなくなって、そのうち泣くのをこらえているような気持ちになるのだ。


「だから、あんまり優しくしないで」

ずっと黙って聞いていた手塚は、今の言葉のあと、ほんの少しだけ首を左に傾けた。
「どうしてだ」
「聞いてなかったのか。優しくされると、泣きそうになるんだよ」
「泣けばいいじゃないか」
「嫌だよ」

小さな子どものころでさえ、人前で泣くのが嫌いだったのに。
今頃になって、しかも手塚の前で泣くなんて、冗談じゃない。

「泣きたいなら、泣けばいい」
「泣きたいわけじゃない。嫌なのに、勝手に泣きそうになるだけだ」
「本当にそうか?」
手塚は、ふっと微笑み、俺のすぐ傍に座りなおす。
そして、両方の腕を、ゆっくり背中へと回してきた。

「暖かいだろう?」
嫌味なくらい優しい声が、耳をくすぐる。

背中には、ふわふわのクッション。
窓の向こうには、ちらちらと粉雪が舞う。
だけど、部屋の中は程よく暖房が効いていて、テーブルの上には湯気の立つココア。
それを入れてくれたのは手塚だ。
その上、手触りのいいカシミアのセーターを着た手塚が俺を抱きしめているのだから、どうしたって幸福になってしまうじゃないか。

とても意地悪で、とても優しい嫌がらせに、胸の奥深いところが疼く。
目を開けていられなくて、思わず瞼を閉じてしまう。
ほぼ同時に、小さな子供するように、静かに頭を撫でられる。
それから、低い穏やかな声で、いぬい、と囁かれた。

ああ、もう駄目だ──。

こらえ切れずに、涙が溢れた。
たまには、自分が泣けることを、思い出したほうがいい。
そう、きっと、そういうことなんだ。
手塚のすることに間違いはない。

手塚の腕の中は、悲しいくらい暖かくて、どうしようもなく幸せだった。


2010.02.11

乾は時々おセンチモードになる奴だと思うんだ。
バレンタインの夜だと思っていただけると嬉しい。大学生くらいのイメージで。