7つの大罪 avaritia
欲しい物はないかと、乾が問う。何もいらないと、俺は答える。
誕生日やクリスマスが近づくと、必ず、乾から欲しい物を聞かれる。
「何もない」
大抵の場合、手塚はそう答える。
「手塚は、本当に欲がないな」
答を確認した乾は、少しだけ困った顔で笑う。
いつもそんな風だった。
乾から背を向けられているのをわかっていても、想うことを止められなかった遠い日を思い返す。
忘れようとしても忘れられなくて、何年もの間、ずっと乾だけを希っていた。
言葉にすれば、どこか美しく聞こえてしまう。
でも、あれは純粋な想いだけでなく、ひたすらに激しい欲望ではなかったのか。
他の誰かでは満足できない。
乾以外は欲しくない。
一方的な恋情は、出口がない分、より重く蟠る。
それは、渇望としか呼べないもので、乾が言う無欲さとは程遠い感情だった。
乾が知らなくても、自分の浅ましさは、自分が一番よくわかっている。
だから、「欲がない」と微笑む乾に、手塚は返事をしない。
そうじゃない――。
否定の言葉を深く飲み込んで、ただ目を伏せていた。
寒い季節は、ベッドの中が、より一層心地よく感じる。
ひとしきりかいた汗が引き、冷え始めた肩に毛布を引き上げる。
すぐに乾の腕が伸びてきて、寒さから守るように優しく包まれた。
ずっと静かだったから、もう眠っていると思っていた。
背中に回った大きな掌は、とても温かい。
それに包まれると、収まるべきところに収まったような安心感があった。
この男は、目を閉じていても、手塚を甘やかすのは決して忘れない。
「寒くないか」
「ああ」
広い胸に身体を預けて、手塚は軽く頷いた。
明日からは、もう12月。
さすがに夜には随分、冷え込むようになってきた。
多分、乾も似たようなことを考えていたのだろう。
手塚を緩やかに抱いたまま、話しかけてきた。
「もう明日から12月か。早いものだね」
「そうだな。一年なんて、あっという間だ」
頻繁に日本に戻ってくるようになってからは、特にそう感じる。
「12月といえば」
声の調子が変化したので、顔を上げると、目を開き楽しげに微笑む乾と視線がぶつかった。
「クリスマスがあるよ」
乾は、笑顔で手塚に尋ねる。
「欲しい物はない?」
何度も訊かれた質問への答えは、やっぱり同じだった。
「ない」
欲しい物は、もう手に入った。
熱過ぎず、冷たくもない肌の温度。
鼓膜をくすぐる深くて優しい声。
掌に吸い付く滑らかな肌。
寒い夜を忘れさせてくれる心地よい身体の重み。
乾以外に、手塚を満たしてくれる存在はない。
両腕を乾の背中に回して目を閉じる。
ふっと小さく笑う気配がした。
そして、すぐに同じように、両の腕で抱き返された。
欲しくて欲しくて仕方なかったものは全部、今ここにある。
2008.12.02
『avaritia=強欲』
大袈裟なタイトルをつけましたが、単なる「らぶらぶバカップル」です。
他6つの罪は、今のところ書く予定はありません。
どなたか、良かったら、お題みたいなノリで描いてくださらないだろうか。絵でも文でも構いません。
『乾塚で「七つの大罪」』。お待ちしてます。マジで。