内緒の話
手塚には、言ってないのだけれど、実は俺はわりと女性にもてる。いや、わりとではなく、結構もてる。
最近は、特にもてる。
中学、高校、大学と進んできて、多分今が一番もてている。
どうしてなのかは、自分では、よくわからない。
だけど、もて始めた時期を思い出してみると、あることが見えてきた。
俺が女性から、よく声をかけられたりするようになったのは、手塚と再会した頃だった。
手塚との再会は、再開でもある。
少々下世話だが、わかりやすい言い方をすると「よりを戻した」ってやつだ。
なぜだか、わからないけれど、手塚と上手くいくようになってから、俺はなんだか急にもてだした。
知らない相手に親しげに声をかけられたり、誘われたりは毎日のこと。
付き合って欲しいとか、好きだとか告白されるのも、珍しくないし、もっと大胆なお誘いのときもある。
俺は、既に手塚以外の相手を恋愛の対象に見られなくなっているので、その度に丁重にお断りしている。
手塚しか目に入らないと言っても、人から好意を向けられるのは、嫌われるよりは遥かに嬉しい。
でも、断った相手に泣かれたりすると、そう単純に喜んでもいられない。
それにしても、不思議だ。
一体、俺のどこに女性にもてる要素があるというのか。
手塚のように、何の欠点もない完璧な男がもてるのは、理解できる。
自慢できるのは、せいぜい身長くらいだと思うのだが。
俺が同性とつきあっていることを知っている友人に、遠まわしに、この話をしてみたことがある。
そいつが言うには、「人のものになったとたん、急に良く見えたりする」のは珍しくないらしい。
特に、俺はいつも適当に遊んでいて、特定の相手を作らない人間だと周囲には認識されていたようだ。
まあ、実際そうだったと自分でも思う。
誰のものでもないときには、興味を持たず、誰かのものになったとたん惜しくなる。
本気にならない男に用はなく、ちゃんと恋愛できる人間だとわかって初めて対象として意識するということもあるだろうと、そいつは言った。
その心理は理解できなくはない。
だが、これは、俺が特定の相手を作ったことを、周りが知っていることが前提の話ではないか。
俺は手塚とのことを、殆ど人には話していない。
なぜ、それがわかるのか。
友人に言わせると、それはとても簡単なことらしい。
「見ればわかる」のだそうだ。
どうしてかという俺の問いに対する答えは、とても単純だった。
「変わったから」
それが友人の言葉だった。
俺は、最初は具体的な変化のことを言っているのかと思った。
確かに手塚との関係を再開させてから、生活パターンを変えた。
遊ぶ時間を減らし、バイトを増やしたりもしたから、周りには人付き合いが悪くなったように見えたろう。
だが、友人がいうのはそういうことではなかった。
表情だとか、雰囲気だとかが、以前とはずいぶんと違うらしい。
それ以上のことは、友人は面倒くさがって答えてはくれなかった。
聞いても、自分じゃよくわからないことには変わらない。
悪い変化じゃないなら、まあいいだろう。
さて。
俺は、この件を一切手塚には話していない。
言ってみたい気もするし、止めておく方が無難だとも思う。
でも、これだけは言ってもいいかもしれない。
何度声をかけられても、どれだけ真摯な言葉で思いを告げられても、俺は一度も揺らぐことはなかった。
お前しか、欲しくない。
お前だけに、俺は恋をしている。
きっと、これからもずっと。
そう言ったところで、手塚からの返事は決まっている。
ただでさえ綺麗な顔に、更に澄ました表情を浮かべて言ってのけるのだ。
「知っている」と、ただ一言。
その顔を見たくないわけじゃないけど、やっぱり内緒にしておくのが良さそうだ。
これ以上、手塚にしてやられるのは、俺だって少しは癪なのだ。
2008.08.07
「PERSPECTIVE」「Lagrange point」設定。
ある女性作家さんが、「独身時代はぜんぜんもてなかったのに、結婚が決まったとたん、もてだした」と発言していたのをふと思い出しまして。
手塚とらぶらぶになってから、乾は「色気」が出たんじゃないかと思う。それでもてるようになったんです、きっと。