オマケのオマケ

手塚を壊れ物扱いする乾の癖が、何度言っても直らない。
乾は「そんなつもりはない」と、口では言う。
実際、本人に自覚はなく、無意識の行動なのかもしれない。
意図的な嘘は、うまくつけるのに、そういうところはなぜか不器用な男なのだ。

だけど、少々強引な手段をとったからだろうか。
今日の乾は、いつもと少し違うようだ。
あっという間に肌が熱くなり、身体を繋いだときには全身が汗だくになっていた。
手塚の腰を支える手の指には、肌に食い込むくらい力が入っている。
痛いほどの強さだが、それが心地よくもあった。

乱暴にして欲しいわけではないが、必要以上の遠慮や手加減もつまらない。
ベッドの中でまで理性的でいる必要はないと、手塚は思っている。
セックスなんて、自制心を吹き飛ばすくらいで、ちょうどいいのだ。
きっと。

「…まいった」
「なに、が」
途切れる低い声への問いかけも、やはり切れ切れになってしまう。
荒い呼吸の合間に、乾は唇の端を持ち上げて笑った。
「良すぎて、どうにかなっちゃいそうだ」

外はまだ日も高い。
カーテンを引いたくらいでは、ベッドルームは暗くはならない。
額に浮かぶ汗の粒や、切れ長の眼に浮かぶ艶も、はっきり見えた。
欲望を隠さない乾の顔は、普段の何倍も色気がある。
無理やり唇を重ねたい気持ちを抑えて、手塚も息を弾ませながら、笑って見せた。

「俺も、よくそう思う」
「本当に?」
「今も、腰から下が…どうにかなりそうだ」
こうして話をしている瞬間も、乾は緩やかに腰を揺らしている。
内側を浅く弱く突かれる感覚に焦れると、見計らったように深いところを攻められる。
これを何度も繰り返されたら、腰のあたりがドロドロに解けてしまうんじゃないかと思えた。

「下半身だけ?それじゃ、バランスが悪いな」
乾は、にやりと笑ってから、自分の指先を舐めた。
そして、その指で、いきなり手塚の胸の突起を撫でた。
濡れた指先が先端に引っかかり、軽く押しつぶされる。
弱い痛みに似た感覚に、つい声が漏れた。

「上半身も、ね」
身体を倒し、耳元に息を吹きかけるように囁き、そのまま首筋を舐めてくる。
敏感な場所をなぞっていく濡れた舌の感触に、ぞくりとしてしまう。
手先だけでなく、舌まで器用な男なのだ。
どれだけ巧みに動くかを手塚に思い知らせるかのように、弱いところばかりを触れてくる。
声が漏れてしまうのを、止めることができなくなってきた。

「どう?…上半身も、良くなってきたかな」
手塚は、肯定も否定もしなかった。
確かに乾が触った場所は、痺れるように疼いている。
だが、ここまで全身が感じてしまったら、どこを触れられても快感は繋がった部分に直結してしまう。
首筋だろうと、胸の先だろうと、もう同じだ。
乾の指先から生まれた電流は身体を駆け抜け、手塚の内側をじりじりと焼いていく。

もし自由に動けたのなら、自ら腰を突き上げていたかもしれない。
強くシーツに押し付けられた状態では、それもできなかった。
手塚が、これ以上は待てないことを、早く乾は知るべきだ。
何度か大きく喘いでから、手塚はやっと口を開いた。

「い、ぬい」
「なに?」
「動け」
「…お願いするなら聞いてもいいけど」
「蹴り落とすぞ」
「わかったよ」
乾は、ふっと目を細めた。

「本当は、俺も、もう限界だったんだ」
乾は、手塚の身体を引き寄せし、その言葉が嘘でないことを証明しはじめた。
がっちりと両の手で腰を掴み、中心に向かって激しく穿つ。
さっきまでの笑顔は消え、今は眉を寄せ、熱い息を吐き出している。
荒い呼吸の合間に、乾は手塚の名前を何度も口にする。
苦しげに掠れた低い声で、手塚呼ばれるたびに、どうしようないほど感じてしまう。
すぐにでも達してしまいそうなのに、もう少しこの快楽に浸っていたいとも思う。

さっき、乾は、良すぎてどうにかなりそうだと言った。
手塚も今、そうなっている。
でも、まだ足りない。
もっともっと、どうにかなりたい。
乾も、どうにかなってしまえばいい。
自分だけがおかしくなるなんて、冗談じゃない。

ただ欲望を吐き出すためなら、相手は乾じゃなくてもいいはずだ。
それこそ、ひとりで処理することだって可能だ。
しかし、そんな行為を手塚は望まない。
他の誰かでは、絶対に満足なんか出来ないという確信がある。

手塚が日本に帰ってくるたびに、乾は無理はするなと言う。
自分よりもテニスを優先しろという意味だろう。
その気持ちは嬉しいが、素直に受け取るつもりはない。
多少の無理をしてでも、乾に会いに来る理由や意味は、十分すぎるほどあるのだから。

乾とテニスを天秤にかけるなんて、自分には出来ない。
どちらも自分にとって生きるために不可欠なものだ。
欲しい物を諦めるのは、絶対に嫌だ。
どちらもこの手から絶対に離さない。
15の子供ならともかく、今の自分には、それが出来ると信じている。

汗で濡れる乾の背中に両手を回す。
硬い背骨の感触と滑らかな皮膚の手触り。
頬にかかる吐息の熱さ。
全部、自分の身体が覚えてしまった。

そうだ。
これは俺の男だ。
全身くまなく、自分のものだ。
乾自身にさえ、自由にさせてやらない。

回した腕に、今、可能な限りの力を込めると、低い声が返ってきた。
「手塚」
荒い呼吸音が、一瞬途絶える。
それがどちらのものなのか、わからない。
「好きだ」
搾り出すような声に、胸が塞がる。

そんなことは、ずっと前からわかっている。
そうだ。
お前が、初めて目の前に立ったときから──。

「…知ってる」
手塚の言葉に、乾は笑ったように見えた。
もしかしたら、泣き顔だったのかもしれない。
どちらにしても、手塚にはもう良くは見えなくなっていた。
肌の熱さに溺れ、深い口付けに喘ぎ、身体を貫く快楽に意識を全て奪われてしまったから。



手塚の周りに、音と光が戻ってくるまでに、少し時間がかかった。
目を開くと、汗まみれの乾の顔があった。
息遣いは、まだ荒い。
それでも視線が会えば、笑みを浮かべる。
乾は、そういう奴だ。

「暑いな」
「ああ」
そう言いながらも、互いの身体を腕から離す気にはなれない。
汗ばんだ肌は、ぴたりと吸い付いている。

「ものすごく、気持ちが良かった」
手塚の髪に指を差込み、乾が囁く。
「その分、すごく疲れたけどね」
「同感だ」
手塚のストレートな返事に、乾はくすくすと笑った。
息が顔に当たって、くすぐったい。

「俺は、少し寝る」
全身汗だくで、シャワーを浴びたいところだが、眠気には勝てそうにもなかった。
「わかった。ゆっくり休んでくれ」
乾は、手塚の髪から指を引き抜き、身体を起そうとしていた。

「起きるのか?」
「ああ。汗を流してくる」
「駄目だ」
手塚は、眼鏡を取ろうとする乾の手首を、がっちりと掴んだ。
「お前も、ここにいろ」
手塚に手首を捕まれたまま、乾は軽く首を傾げる。

「それは命令?」
「そうだ」
乾の肌から手塚の掌に、まだ熱さが伝わってくる。
手塚の温度も、乾の肌に伝わっているのだろうか。

「わかった」
乾は、笑いながら頷き、もう一度ベッドの上に身体を横たえる。
そして、長い腕を伸ばし、手塚の身体をふわりと抱いた。
「これでいいのかな」
「ああ」
寒いわけでもないのに、人肌がとても気持ちいい。
言うまでもなく、それが乾のものだからだ。

熱に浮かされる時間を共有したのなら、ゆっくりと冷めていく時間も、一緒に過ごしたい。
そんな我侭を乾は笑って許してくれる。
俺の男は、どこまでも俺に甘い──。


暖かい腕に包まれて、手塚は、緩やかに眠りに落ちていった。
多分、今自分は笑っているのだろうなと、思いながら。

2009.05.16

独占欲は、手塚の方が強いんじゃないかと、勝手に思ってます。