レトロウイルス:POST2(※R15)
結局、乾は熱いコーヒーも冷たい物も、飲むことはなかった。すぐに二人でベッドルームに直行してしまったからだ。
乾は、シャワーを浴びていないことを気にしていたが、どうせこのあと二人とも汗だくになるのだから、かまわない。
そう説明したら、それもそうだと笑い、自分からワイシャツを脱ぎ捨てた。
乾はもう、仕事の話は一切しなかったし、手塚に尋ねることもなかった。
自ら眼鏡を外し、同じように手塚の眼鏡も取り上げる。
それがこれから二人ですることの始まりの合図だった。
ベッドに横たわると、すぐに乾が覆いかぶさってくる。
その広い背中に両手を回す。
少し汗ばんだ肌が掌に吸い付く。
硬く締まった背中から腰にかけたラインは、手が覚えてしまっている。
こうやって抱き合う度に思い知らされる。
自分がどれだけ、この手触りと重みと温度を求めていたか。
今夜、触れられると思っていなかったものを与えられたことが、嬉しくてたまらなかった。
情熱的なキスを何度も受けつつ、自分の両手は、止まることなく乾の肌の上を滑る。
「どうしました?」
ふっと、甘い声が手塚の耳を擽った。
目を開くと、乾は艶めいた表情で、うっすらと微笑んでいた。
「…なにが」
「いつもより、熱心に触られている気がするんですが」
自分では良くわからないが、乾がそう言うなら、きっとその通りなのだろう。
「嫌か」
「まさか。とても気持ちがいい」
「本当に?」
「ええ。どうぞ、お好きなだけ触ってください」
ついさっき、手塚といるとコントロールが効かなくなると、乾は言った。
それは手塚自身にも言えることだ。
乾とこうなるまで、自分では、性的な欲望は薄い人間なのだと思っていた。
今思えば、相手に深く関わることを恐れた、ある種の自衛手段だったのかもしれない。
──あなたじゃなきゃ、だめだ。
乾は、そう言ってくれた。
同じ言葉を、手塚から乾に返してやりたい。
多分、乾よりも先にそう気づいていたはずだ。
こんな風に自分をさらけ出せるのは。
欲しくて欲しくて、他に何も考えられなくなるのは。
きっと、今生きているこの世界の中で、乾ひとりだ。
乾の額から流れた汗が、ぽたりと手塚の胸元に落ちる。
そして、手塚自身の汗と混じり合う。
呼吸と鼓動は共鳴し、体温は同化する。
異なる存在だからこそ、今だけでもひとつになりたいと思う。
二人でしかできないこの行為の意味を、手塚は初めて知った気がする。
手塚を穿つ動きが、どんどん激しくなってきた。
たまらず乾の背中に回した手に、力を込めてしまう。
「…大丈夫ですか?」
手塚が苦しがっていると思ったのか、乾は心配そうな表情で顔を覗き込んでくる。
「気持ちが、良すぎた…だけだ。続けろ」
煽るつもりでそう言って、仕上げに軽く肩口を噛んでやる。
乾は目を細めて熱い息を吐き出した。
「では、遠慮なく」
硬質な作りの顔に、薄情そうな笑みを浮かべるのが、どうしようもなく色っぽい。
「そうして…くれ」
遠慮なんかしたら、許さない。
俺に話ができる余裕など与えるな。
自分から腰を押し付けると、乾はその意味を正しく理解する。
言葉通り、本当に遠慮なしに手塚の弱い部分を的確に攻め続けた。
そこから手塚が極めるまでに、さほど時間はかからなかった。
交代でシャワーを浴び、ベッドに並んで横たわったときには、さすがに二人とも疲れきっていた。
乾の方は、手塚よりももっと疲れているだろうに、そっと両腕で身体を包み込んでくれた。
パジャマ越しに伝わってくる乾の体温が、とても心地良い。
目を瞑ると、簡単に眠りに引き込まれそうだった。
「国光さん」
すでにうとうとしていたが、乾の声にはっと目を開ける。
「今夜は、ありがとうございました」
「ん」
「嬉しい贈り物をふたつも貰っておいて、図々しいんですけど、もうひとつリクエストしていいですか」
暗い部屋の中でも、乾が笑っているのがわかった。
「なんだ?」
「明日の朝、ちょっと危険なので、起こしていただいていいでしょうか」
「わかった。責任持って起こしてやる。朝には強い方だから」
「良かった。じゃあお願いします」
乾は、にっこりと笑うと、おやすみなさいと目を閉じた。
実は、乾がシャワーを浴びている間に、目覚まし時計のアラームをセットしておいたのだ。
乾が朝食を食べたり、出かける準備をする時間を引いて、ぎりぎりまで寝ていられる時刻。
時計をもう一度確認して、手塚も安心して目を閉じた。
とうに日付は変わっているけれど、朝が来るまでは、まだ乾の誕生日だということにしよう。
おめでとうと小さく呟くと、眠っているはずの乾に、ぎゅっと抱きしめられた。
2009.07.19
誕生日祭に書いた「POST」の続き。 もっと濃厚にしたかったんだが。今後の課題ということで。