上手*
子どものころ、早く大人になりたいと願ったことは、多分一度もない。一人前になりたいと思ったことなら、何度かある。
今はもう大人と呼ばれる年齢だけれど、一人前になれたのかどうかは、少しあやしい。
だけど、中学生の子どもでは、理解できなかったことの幾つかは、今はわかる。
乾は、とてもセックスが上手い。
それが、わかるくらいには、大人になった。
初めて乾と寝たのは、14の夏だった。
あの頃は、ただ求めることに必死で、楽しむ余裕なんてなかったように思う。
初めて触れる他人の熱に、自分までが浮かされていた。
本能的な快感だけが強く、感情と理性の境界が崩れていくことに怯えていた。
でも衝動を止めるのは不可能で、奪い合うように抱き合っていた気がする。
乾と寝るのを楽しめるようになったのは、再会してからのことだ。
最初のうちは、空白を埋めるために身体を重ねていたのかもしれない。
でも、今は乾との行為自体を楽しんでいる自覚がある。
なんの後ろめたさも持たずに、抱き合うのは気分がいい。
男同士であることも、日が高いうちからベッドにこもることも、たいした問題じゃないと、もう知っている。
慌しいが充実した日常と、何も考えずにただただ快楽を追う時間。
そのどちらも、自分には不可欠だ。
手塚が望むものを、確実に与えてくれるのは、今は乾しかいなかった。
「お前は上手いな」
暑い季節は、ことが終わるとすぐにシャワーを浴びていたけれど、最近はすぐに汗が引く。
ベッドを抜け出す決心がつかずに、ぼんやりしていた。
乾も、そんな感じだったので、あまり深い意味もなく話しかけてみた。
だが、乾はいきなり眠そうだった目を丸く見開いて、手塚の方に首を捻った。
びっくりした顔のまましばらく見つめていたが、そのうち小さく笑い始めた。
驚いたり笑ったりと、いそがしい奴だ。
「わざわざ今言うってことは、あっち方面の話か」
「まあ、そういうことだ」
「手塚に褒められるのは、なんであれ嬉しいよ」
眼鏡のない顔で、乾はにっこりと笑う。
「いきなりだから、少し驚いたけどね」
確かにさっきは驚いた顔をしていたが、今はどう見ても面白がっている。
乾は、こういう切り替えが、ものすごく早い。
「前からそう思っていたが、言う機会がなかったんだ」
「ふうん」
小さく呟いてから、乾は声のトーンを落とし、にやりと微笑んでみせる。
思わせぶりなことを言うときの、乾の癖みたいなものだ。
「嬉しいけど、少々複雑な気分だな」
乾は仰向けになっていた身体を手塚の方に向けた。
気づくと、大きな掌に頬を包み込まれていた。
「上手い下手を判断できるくらい、経験が豊富ってことだろう?
これは本気の台詞ではないことは、わかっている。
艶めいた声には、嫉妬の気配も、咎めるような響きも含まれない。
ただ、手塚を少しだけ困らせたいだけなのだろう。
「それは違う」
乾はにやにやとした笑いを一旦引っ込めた。
手塚が何を言い出すのかおとなしく待つつもりのようだ。
本当は少し眠くなってきていたのだが、とりあえず説明だけはしておくことにした。
「俺は、テニス以外のスポーツは、あまり詳しくはない。それでも、オリンピックやワールドカップクラスの選手を見れば、よく知らないスポーツでもその凄さが伝わってくる。それと同じで、初心者でも経験不足でも、抜きん出た才能というのは、ある程度は感じ取れるものだ」
一息でそう言うと、乾は口を半開きにして、変な声を上げた。
「あー…」
「なんだ?」
「そこまで言われると、流石に恥ずかしい」
「そうか?」
「大っぴらに自慢できることでもないしな」
確かに人前で、何の脈絡もなくいきなりセックス自慢をする奴がいたら、良識を疑う。
だが、合意の上でなら、誰かを気持ちよくさせられる能力を誇ってもいいのではないか。
少なくとも、手塚は乾が上手くて良かったと、本気で考えている。
「俺は、相手がお前が良かったと思う」
乾以外とは、もうやる気が起きないくらいには――。
乾は、くくっと肩を揺らして笑い、手塚の腰に手を回した。
「手塚も上手だと思うな」
「なにが」
「俺をその気にさせるのが」
回した腕に力を込めて、手塚の身体を引き寄せた。
密着した肌に伝わる、確かな熱。
ああ、なるほど。
納得したときには、既に手塚の唇は塞がれていた。
一度、下がってしまった体温が、簡単に上がっていくような、熱くて巧みなキス。
やっぱり、乾とは面倒がなくていい。
自分から足を絡めて、乾の熱を受け止めた。
二度目は、きっと、もっと上手くやってくれるだろう。
2008.12.07
中学時代にそんな関係になり、手塚留学で自然消滅。大人になって再会。そういう関係。
一度消してしまった文章を、なんとか脳内サルベージしました。
タイトルは「うわて」でも「じょうず」でも、お好きな方で。