血統書付きの野良犬

生まれも育ちも、きっとそう悪くはない。
だが、決して陽の当たる大通りばかりを歩いてきたわけじゃないはずだ。
すれているという印象は強いが、荒んだ感じはない。
タイプで言うと、間違いなく知能犯。
捕まえる側ではなく、追われる側の人間に近い。
そのくせ、妙に人懐こい顔で笑う。
乾は、そんな男だった。

対峙した人間を値踏みしてしまうのは、職業病みたいなものだ。
相手も承知しているだろうから、わざと不躾な視線を向けてみる。
だが、乾は飄々と受け流し、簡単には正体を明かさない。
それでも、有能な男だということは、直感的にわかった。
敵に回すと、きっと手強い。
自ら、手塚の元にやってきたのが、何かの罠ではないかとさえ思った。

この男の扱いは、きっと厄介だろう。
能力は高くても、制御は難しい。
今は良くても、いつか、手を咬まれるかもしれない。
それでも、自分の手元に置いてみる気になったのは、敵にするよりは、ましだと感じたからか。

この犬は、自ら主人を選ぶつもりだ。
自分の主に相応しいか、油断のない視線を向けながら、表面上は大人しく構えている。
手懐けるのは、間違いなく難しい。
そもそも、飼いならそうとは思っていない。
犬に鎖をつける趣味もない。
ただ、首輪だけはつけさせてもらおう。

結局は、ただの好奇心だ。
野良犬のふりをする血統書つきの猟犬を、近くで見てみたい。
艶やかな毛並みに、直に触れたい。
その誘惑に、勝てなかった。

「いつから来られる?」
「明日からでも」
犬歯を覗かせ、にやりと笑う顔は、想像通りだ。
一瞬だけ、黒い瞳に、研ぎ澄まされたナイフのような光が宿る。
だが、まばたきの後には、しんと深い闇の色に戻った。

これが、乾という見知らぬ男が、手塚の忠実な部下になった瞬間だった。


2008.07.16

久々に「STINGER」。馴れ初めは考えてないけど、ラストは決めてます。
しかし、きっちり決めると、かえって中々書こうという気になれない。これもそのパターン。