Sacrament

決して後悔しないと誓えるか。

あの人は、そう言った。

だけど。

そう私に告げたあの人こそ、

後悔しなかったのだろうか。


満月が近づいていた。
わざわざ夜空を見上げなくても、全身の血が騒ぐのでそうとわかる。
多分一生ビルの中で外の空気を吸わずにすごしても、同じことが起きるはずだ。
それくらい、この身体に流れる血の呪いは深い。

ベッドの端に腰をかけたまま、何をするでもなくただぼんやりと空を見つめた。
背後からは静かな寝息が聞こえてくる。
自分がたっぷり血を吸ってしまったから、しばらくは目を覚ますことはないだろう。

首を捻って振り返ると、手塚はこちらに背を向けて眠っていた。
細い首筋にはいくつかの傷跡がまだ残っている。
目を凝らしてよく見ると、塞がりかけたとはいえ、まだ生々しく血がこびりついていた。

満月が近いのに、傷がまだ治りきらないのは自分がいつもより深く牙を食い込ませたせいだ。
それほど飢えていたわけではないのに、今夜は刃止めがきかなかった。

それもやはり月の力の影響だろうか。
どんなに自分を抑えようとしても、本能\に勝てない自分が腹立たしい。
文字通り、手塚がいなければ自分は生きてはいけないのだ。
痛々しい傷跡に手を伸ばしたが、触れてはいけない気がして思いとどまった。

こうなることを、この人はわかっていたのだろうか。
恐らく、そうなのだろうと乾は思った。
わかった上で、あえてそうしたのだ。

願ったのは自分自身だ。
後悔しないと約束したので、後悔はしたくない。
だが、この痛みは一生消えることはない。

与えるものと奪うもの。
それを断ち切る方法は、どちらかが消滅することしかない。
乾は手塚の白い背中を見たまま息を吐いた。

「また余計なことを考えているのか」
くすくすと笑う声がした。
「…起きていらっしゃったんですか」
人が悪いとつぶやくと、「人じゃない」と更に楽しそうに笑い続ける。

振り返った顔は、月明かりも入らない暗闇の中で白く浮かんでいる。
「お前は本当に馬鹿だ」
意地悪な台詞とは裏腹に、微笑む顔はとても温かい。
「どうせ、昔から馬鹿ですよ」
苦笑しながら答えると、さっき伸ばし損ねた腕をつかまれた。
細い指だけれど、力は強い。

「後悔など一度もしたことはない」
見つめる瞳の色は薄いが、闇に負けない光が奥底で燃えていた。
「だから、お前も後悔するな」
「…マスター」

捕まれた腕を力任せに引かれ、乾の身体が傾く。
手塚より一回り大きい身体を、華奢な腕が抱きしめた。
「お前は俺の一部だ」

どくんと心臓が大きく脈を打った。
触れあった胸には同じような拍動が伝わってくる。
同じ血が、同じ呼吸が、共鳴していた。

逃れることは出来ないのだ。
この人からは。
流れる血がそう告げている。
乾は目を閉じて、それを聞いていた。

「…まったく、お前は気が利かない」
呆れたような口調に驚いて、はっと目を開けた。
「は?何…です?」
「こんな状況だぞ。キスのひとつくらいしてくれるのが当然だろう」
「ご冗談を」
「誰が冗談なんか言うか」

手塚は少し身体を離し、乾の顔を見つめてにやりと笑った。
「お前からキスされたい」
「今…ですか?」
「当たり前だ」

するりと両腕を乾の首に回し、手塚はぞっとするような甘い声で囁いた。
「命令だ。乾」
「わかりました」
観念して唇を近づけると、細い首筋が目に入った。

傷はもう塞がっていた。

2006.04.02

すみません。とにかくまずお詫びしなくては。

ブログが嘘だと気づかなかった方、本当にごめんなさい!私、嘘付くのうますぎますか?
私は4月1日に何か始めたら「あらあら、どうせエイプリルフールでしょ?騙されないわよ」って方が大半だと思ったんですよ。うわーん、ごめんなさい。ごめんなさい。

いっそ嘘を本当にしようかと思ったんですが、レンタルブログではちょっと辛いんですよね。
でも何かの形で吸血鬼ネタはやりますので、どうか信じてください。これは本当です。

…もしかしたら、このブログを使うこともあるかもしれないので、気が向かれたらブクマしておいてくださいませ。

※上記は公開当時のコメントです。