Between the Sheets
身の内側に危険を飼いならし、尖った牙を少しだけ覗かせる。纏う空気は決して重たくは無く、過ごして来たそう短くはないはずの時間を上手に散らして。
あなたはどうしてそんな風に笑っていられるのか。
いつもそれが不思議だった。
気だるそうに四肢をベッドに投げ出したまま、手塚は少し眠そうな顔で煙草を咥えていた。
さっきから何をするでもなくただぼんやりと煙を吐き出す。
乾は手塚の横たわるベッドに背を向けてパソコンに向かっていたが、あまりに手塚が静かなのが気にかかりつい何度も振り返ってしまっていた。
それを数回繰り返して、やっと乾はキーボードを叩く手を止めた。
「マスター」
「ん?なんだ」
咥え煙草を止めて、手塚は独特の絡みつくような視線を乾に向けた。
「何をしてらっしゃるのですか?」
「何もしていない。見てわからないか」
「わかりますよ。それくらい。私が言いたいのはそういうことじゃなくて」
椅子から立ち上がり、ベッドの横まで歩いていくとにやにやとした笑いが目に入る。
ボタンが全て外れた黒いシルクのシャツと真っ白な肌の対比が鮮やかだ。
からかう様な笑顔は相変わらず挑発的だった。
「何もすることがないなら、ご自分の家にお帰りになればいい。ここにいてもしょうがないでしょう」
「お前の部屋は居心地がいい。適度に狭くて落ち着く」
「褒められてる気がしないのですが」
「気にするな」
済ました顔で乾を見上げた後で、手塚はくるりと身体を反転させ大きな枕に顔を埋めた。
「お前の匂いがする」
危ないからと手塚から煙草を取り上げようとしていた手が一瞬止まった。
「…変なことを言うのは止めてくださいませんか」
「変じゃないだろう?少しも」
手塚は唇の端だけを持ち上げて薄く笑った。
つややかな黒い髪が枕の上に散らし、細く長い指がシーツの表面をそっと撫でる。
その光景に背筋がぞくりとした。
「お前がかまってくれないから、これで我慢しているんだ」
手塚は猫のように目を細め、ゆっくりと息を吸い込んだ。
「いい匂いだな」
「やめてください」
咄嗟にシーツの上を蠢く指を握ると、手塚はにやりと笑い、乾の手の甲に唇を押し当てた。
それだけで乾はもう動けなくなる。
「止めて欲しいなら、代わりをよこせ」
「かわり、ですか」
答える声が少し震えた。
手の甲にはまだ手塚の唇の感触が残っている。
「俺を味わえ」
伸ばされたしなやかな腕が首に絡みつく。
肌蹴た胸と細い首が嫌でも目に入る。
「欲しいはずだ。違うか」
さっきまでシーツを撫でていた指が乾の背中を這いまわり、拘束がさらに強くなった。
意地の悪い遠まわしなやり口に苦笑が浮かぶ。
どうせ自分などでは太刀打ちできるはずなど無い。
恐らく生きることも死ぬことも。
全てこの人の手の内なのだ。
動かない身体をどうにかしようとしても無駄なことだ。
今は全部預けるしかない。
「貴方が欲しい」
誘われるままに目を閉じ、力を抜いて、手塚の唇に自分の唇を重ねると、見た目よりも強い力を持つ腕に捕まえられた。
手塚の血で飼育され、血で出来た檻で閉じ込められる。
生も死も、今この瞬間にでさえこの人のものだ。
それは何故だか乾を安堵させた。
そして、血の匂いを嗅ぎながら眠る自分を、少しだけ嗤った。
2006.04.15
「Between the Sheets」はカクテルの名前。ラムベースの甘いカクテルだそうで。いわゆるナイトキャップにいいそうです。
でも私はお酒は飲まないので、実際はどうだか知らんのです。飲まないくせにカクテル辞典を買うようなやつです。