Esquisse06(※R18)
てづか、と低い声で名前を呼ばれた。昂ぶったものを包んでいた生暖かい感触が、一旦途切れる。
だけど、刺激する手を、乾は止めない。
緩く握り込まれ、一定のリズムで扱きあげられる。
激しい動きではない分、もどかしさが募る。
そう広くもない乾の部屋は、二人分の熱気がこもって、ひどく暑い。
返事をする余裕など、これっぽっちもない。
口を開いたら、みっともなく喘いでしまいそうで、手塚は強く唇を噛み締めた。
膝の裏を支える乾の手の感触が、やたらと生々しい。
「手塚」
文字にしたら、さっきと同じ言葉なのに、その響きは全く違う。
もっと甘く、同時に少しだけ意地の悪さを滲ませた声だ。
背筋がぞくりと震え、つい上ずった声が出てしまう。
ただ名前を呼ばれただけなのに──。
手塚は強くシーツを握り締め、身体を捩る。
顔を背けても、乾の視線を痛いほどに感じた。
何も着ていない身体は、多分汗まみれだ。
さっきから固く目を閉じているから、乾がどんな状態かはわからない。
肌に触れる感触から察すると、まだカッターシャツを脱いでいないのだろう。
自分は制服を着たままで、裸でベッドに横たわる手塚を、どんな表情で見ているのか。
想像すると、いたたまれない。
目を閉じるだけじゃ足りない。
耳も塞いでしまわないと、駄目だ。
切れ切れに聞こえる湿った音と、自分の荒い息遣い。
シーツを蹴るたびに起きる衣擦れ。
見えない分、敏感になった耳や肌は、かえって気づきたくないことに気づいてしまう。
「気持ち、良くないのかな」
足を閉じることもできず、乾の前に全部曝け出しているのだ。
乾の目には、今、手塚がどんな状態なのか、丸見えのはずだ。
感じていないなんて言ったところで、冗談にもならない。
実際、乾の息がかかるだけで、痛いくらいに張り詰めていく。
「そう…じゃない」
少しでも乾の視線から逃れてくて、狭いベッドの上で必死で首を捻った。
「口でされるのは、嫌いだった?」
「違う」
決して嫌いなわけじゃない。
だが、好きだと答えることもできない。
「口でされるのは、恥ずかしいのか」
「わかってるなら、聞くな」
「セックスは平気なのに?」
「全然、違う」
くすっと乾が笑う気配がした。
気持ちは良い。
それは間違いない事実だ。
でも、これは自分が一方的に与えられる行為だ。
乾の前で、一人喘いでいるのが、恥ずかしい。
セックスが平気なわけじゃない。
だけど、あれは、自分ひとりに与えられる快楽じゃない。
同じ快感を共有し、同じように溺れていく。
溶け合って、重なり合って、同じ場所に到達する。
それは、単純に欲望を吐き出すこととは、決定的に何かが違う。
苦しい呼吸を続ける手塚の頬に、そっと乾の手が触れた。
「もしかして、寂しいのかな」
「あ」
そうかもしれない。
確かに、全身で受け止める重みや、抱きしめられる腕が欲しい。
目を開くと、すぐ近くに微笑む乾の顔が見えた。
とても嬉しそうな、同時に少し照れているような笑顔に、胸が苦しくなった。
「10秒待ってくれ。今、服を脱ぐから」
乾は、笑顔ののままそう言った。
「待てない」
どうしても今すぐに抱きしめたくて、乾の着ているシャツを掴む。
そのまま思い切り引き寄せて、背中に手を回した。
やっと捕まえた乾の身体は熱くて重い。
それがとても嬉しかった。
2009.05.24
10代乾塚。学校帰りに乾の部屋で。