甘えべた

手塚が人に甘えるのが苦手だということは、少しつきあってみれば、誰でもすぐにわかることだ。
責任感が人一倍強い上に、能力も高いものだから、なんでも自分でこなしてしまう。
他人の仕事を奪うような真似は絶対にしないが、一度自分でやると決めたら人には任せないという、ちょっと頑固な人間でもある。
これはもう、手塚の性分なので仕方ないんだろうと思う。

そんな手塚に、もっと甘えてほしいと願うのは、単なるわがままだと自覚している。
頼ってもらえないのは信頼されてないからだと、拗ねているわけじゃない。
多分手塚は、自分でやれることを人に頼むという考えが、最初からないのだと思う。
でも、そういうのを全部理解した上で、やっぱり甘えてほしいと言いたくなる。
誰かに、じゃなくて、この俺に。
だから、やっぱりこれは、わがままなのだ。
わかっている。

甘えてくれよ、と実際に言葉にしたことも何度かある。
そんなとき手塚は、静かに言うのだ。
「十分、甘えさせてもらっている」
そして、はにかむように、柔らかく微笑む。
そんな手塚を見てしまったら、俺はもうなにも言えなくなってしまう。

だけど、ここ最近、俺は別な形で甘えてもらえるようになった。
多分、手塚自身は気づいていない形で――。

たとえば、二人きりの部室で唇を合わせるときや、俺の部屋のベッドの上で抱き合っているとき。
俺の腕の中にいる手塚は、必ず両手で俺の背中にしがみつく。
指のあとがつきそうなほど強い力は、ときにはこちらの息が詰まりそうになるほどだ。
切れ切れに俺を呼ぶ声は切なげで、どうにかしてくれと請われているようにも聞こえる。
無理にこちらを向かせて覗き込んだ瞳は潤んでいて、ほうっておいたら泣き出しそうに見えた。
実際に泣いたりすることは、絶対ないとわかってはいるが。

かわいいと言ったら、手塚はきっと怒るだろう。
実際に、それに近い言葉を口にして、思い切り睨みつけられたこともある。
でも、手塚を追い詰めている本人に、逃げようとするんじゃなくすがりついてくる様は、かわいいとしか表現できないのだ。

聞こえていないだろうと思いながら、白い貝殻みたいな耳に、好きだよと囁いてみる。
手塚は俺の背中に回した両手に、ぎゅっと力を込めてから、小さく頷いた。
甘えているわけじゃないって、手塚は反論するかもしれない。
でも、俺は甘えられてると思えるから、それでいい。

滅多に弱みを見せない手塚が、俺に全部を託してくれるのが嬉しくてしかたない。
甘え方を知らないから、きっとこうするしかないのだろう。
だとすると、甘えべたのままでいてくれた方が、俺には都合がいいことになる。
手塚がこの行為に慣れてしまわないように、色々と策を講じているなんて、考えてもいないはずだ。
そんな余裕は、今の手塚にはない。
まだ当分の間、俺だけの特権は楽しめそうだ。

いつか手塚が慣れてしまったらどうしようか。
そのときは、俺が甘えさせてもらおうか。
それはそれで悪くないような気がしてきた。


2012.04.25(2012.04.29一部修正)

乾自身も甘えべたなんじゃないですかねえ。