どっちもどっち
裸の両肩から白いシャツを滑り落としたのは、真夏ならば、まだ日が残っている時刻だった。10月直前のこの時期は、既に外は夜と同じ暗さだ。
灯りをつけた部屋の中は、昼間のように明るい。
そうすることを手塚が許してくれるようになったのは、それほど前のことじゃない。
少し前まで、二人きりの暗い部屋でなければ、手塚はシャツのボタンを全部外すことさえ許してくれなかった。
明るい場所では、唇を重ねるだけでさえ、耳朶を赤く染めてしまう。
顔には表情を出さないようにしていても、白い肌が色づくのはどうしようもないのだろう。
手塚の性格を考えれば、その反応はむしろ自然で、潔癖とも言える頑なさを可愛いとも思う。
でも、何度も身体を重ねるうちに、手塚も少しずつ慣れてきたようだ。
今は手塚は、身体を起こしたまま俺の脚を跨ぐように座っていた。
ベッドの中では、いつも硬く目を閉じて、視線を合わせようともしなかったのに。
両腕を首に絡ませて、こんな風に見つめあったまま、俺に抱かれるなんて想像もできなかった。
きっと、俺と過ごす秘密の時間を、手塚も気に入ってくれたのだ。
俺にただ身体を預けるだけじゃなく、最近では積極的に楽しもうとしている見える。
「手塚も動いて」
そう俺が請えば、自分から腰を揺らすことも厭わなくなった。
まだぎこちなさはあるけれど、俺の肩を支えに、快感を追いかけていく。
切なげに寄せられた眉と、熱い息を吐き出す唇が、どうしようもなく色っぽい。
そんな顔を見せられてしまったら、俺の方もたまらなくなる。
骨ばった腰を抱き寄せて、強く突き上げると、手塚は背中を仰け反らせ、白い喉をさらす。
短い声を一度だけ上げ、そのかわりに痛いくらいに強く、俺の肩に指を食い込ませた。
「どうして、我慢する?」
「…なに…を」
途切れる声は、もう掠れていた。
「声だよ」
手塚は、黙って荒い呼吸を繰り返しながら、少し潤んだ瞳を俺に向けていた。
「聞かせて、もっと」
汗ばんだ頬に手を添え、耳元で囁く。
「俺しか聞いてないよ」
優しく言ったつもりだが、手塚は無言で首を横に振った。
「頼むから。手塚」
「いやだ」
手塚の頑固さは、良く知っている。
一度、嫌だと言えば、どこまでもそれを貫く。
「じゃあ、実力行使」
頼んでも駄目なら、声を上げずにはいられないようにするだけだ。
逃げられないように、腰をつかまえて、遠慮なく下から突き上げるように穿つ。
こちらの意図には、すぐに気がついたろうが、手塚にはもう抵抗するすべがない。
身体の外側は俺に抱きしめられて、内側は深いところで繋がってしまっているのだ。
二重の拘束は、手塚を思い切り乱れさせていた。
荒い呼吸、汗で滑る肌。
収縮を繰り返す粘膜。
言葉以上に、身体は雄弁に語る。
こんな状態でも、声を上げないのだから、手塚の意思の強さには驚くばかりだ。
「頑張るね」
「……るさい」
唇をかみ締め、手塚は俺を睨みつける。
そして、苦しそうに息を吐くと、自分から唇を重ね、首に絡み付いてきた。
もっと欲しい――
手塚はそう言いたいのだろう。
こんな情熱的に誘われてしまったら、答えないわけにはいかない。
そのうち、俺の方も快感を追うことに夢中になって、何も考えられなくなった。
部を引退してから、ずいぶん長い時間が経った気がする。
テニスで汗を流すかわりに、ベッドの上で汗をかく回数が増えてしまったのは、仕方ないのかもしれない。
手塚は、疲れきった様子でシーツの上に身体を投げ出していた。
両目を閉じてしまっているが、眠っているわけではなさそうだ。
「ごめん。ちょっとやりすぎたかな」
笑いながら、肩に毛布をかけてやる。
「別に」
手塚は細く目を開き、不機嫌そうに答えた。
「あんまり強情だからね。つい」
手塚は毛布を身体に巻きつかせて、俺を睨んだ。
怖いんだか、可愛いんだか、よくわからない。
「お前だって、声を出さないじゃないか」
「そんなことはないよ。何度も名前を呼んだろう?」
「俺が言っているのは、そういうのじゃなくて」
怒った口調でそこまで言うと、口を噤んでしまった。
手塚が言っているのは、喘ぐ声という意味か。
「…そうだったかな?」
「そうだ」
声を聞きたいと思ったことは間違いないが、自分がどうだったかなんて覚えていない。
とうか、自分のことなんてどうでも良かった。
だが、手塚の方は引き下がるつもりはないらしい。
「じゃあ、もう一度試してみるか?」
さっきまでの気だるそうな表情は消え、妙に艶かしい目つきで俺を見上げていた。
「え?今?」
焦る俺を無視て、手塚はするりと毛布から抜け出した。
「俺にも、声を聞かせろ」
神経質そうに筋張った、だけど力のある指が俺の両肩に食い込む。
眼鏡のない、手塚の目を正面からまともに見てしまった。
呆れるほど綺麗で、だけど危険な薄い色の瞳に、縛り付けられる。
気づいたときには、シーツに押さえ込まれるているのは、俺の方だった。
俺を見据える手塚は、怖いくらいに艶めいた顔をしていた。
「気持ちよくしてくれたら、俺は声を上げる」
それはとても甘美で恐ろしい脅迫だ。
「だから、お前も声を出せ」
頷くべきなのか、断るべきなのか。
その判断をする前に、つい唇を噛んで声を押し殺してしまっていた。
ちょうど鳩尾のあたりを、手塚の指先が滑ったからだ。
「どうして我慢する?」
薄い唇の端を持ち上げて笑う手塚に、なんて答えたらいいのだろう。
でも、多分それを言葉にするチャンスは来そうにもなかった。
2008.10.04
襲い受け塚。