もう少し、頑張りましょう

手塚は細い。
肌の肌理が、ものすごく細かくて、色も白い。
髪の色も薄く、手触りが柔らかいし、瞳も茶色っぽい。
こう、なんというか全体的な印象が、華奢な感じがするのだ。

だから、勘違いする。
手塚は壊れ物なのだと。

だが、それが間違いであることを、簡単に思い知らされる。
テニスで対戦してもいいが、手っ取り早いのは腕相撲あたりだろうか。
手塚の利き手である左手で対戦したら、乾は間違いなく秒殺される。
では、こちらの利き手である右手ならどうか。
多少は善戦できるが、最終的には、やっぱり負けてしまう。
少なくとも過去の対戦成績では、勝率は2割に届かない。
多分、青学内で手塚に勝てるのは、空手の経験がある河村だけだろう。

取っ組み合いの喧嘩やら、殴り合いはしたことがないが、勝てる気はまったくしない。
そもそも、こっちはあの綺麗な顔を殴ったりなんて、出来るはずがない。
でも、おそらく手塚は、乾を殴ることをためらわない。
それが本気の勝負なら、遠慮するほうが失礼と考えるタイプの男だ。
顔面であろうと、思い切りよく殴られるだろう。
幸い、まだそんな目にはあったことはないし、こちらが対応を間違えない限りは、そういった状況になる可能性はきわめて低い。

痩せ型の長身で、神経質そうな美形。
その上、眼鏡のよく似合う生徒会長ときたら、どうしても体力よりも知力が秀でているタイプだと思い込んでしまう。
だが、あの外見からは想像もできないほど、手塚はタフだ。
生徒会長とテニス部長を兼任し、さらにテニスも学業も人より抜きん出ているという事実が、それを証明している。
手塚は特別要領がいい人間ではなく、こつこつと努力を重ねるタイプだ。
限られた時間の中で、あれだけのことを遂行しようとすると、相当タフでないと無理だろう。

ところで、あまり大きな声では言えないが、手塚のタフさを思い知らされる場面が、もうひとつある。
それはベッドの中だ。

何度も言うが、手塚の身体は細い。
骨格そのものが、乾より全体的に細く出来ているのだと思う。
自分も、それほどマッチョな方ではないが、手塚に比べれば一回りくらいは大きいと思う。
だが、手塚は骨が鋼鉄かなにかで出来ているのか思うほど、強靭だ。
いや、軽いからカーボンナノチューブあたりか。
などと悠長なことを考えている暇は、ない。
──ベッドの中では。

ちょっともたもたしていたら、逆に押し倒されてしまいそうだ。
実際に押し倒されたことは、何度かある。
自らさっさと服を脱ぎ、なんとか主導権を取り戻そうともがく乾から、破りそうな勢いで服を剥ぎ取ってしまう。
こうなってくると、どっちが抱いているのか、乾にはわからなくなる。
正直、身の危険を感じたことだってある。
今のところ、手塚にはそっちの興味がないようなので、大丈夫そうだが。

しかし、真っ最中の手塚は、とんでもなく色っぽくて可愛い。
押し殺した声で、乾の名前を呼び、切なげに眉を寄せる。
上気した肌は、汗でしっとりと濡れ、手のひらにぴたりと吸い付く。
荒い呼吸の合間にキスを交わし、骨ばった肩を抱くと、すがりつくように抱き返してくる。

達きたいと、言葉ではなく目で訴えるときの顔は、何度も見てもぞくぞくしてしまう。
そして、極めた直後の、まだ快感の余韻におぼれているような姿もたまらない。
可愛くて、いとしくて、ずっと腕の中に閉じ込めていたいと思う。

だが、何度も言うが手塚はタフだ。
どんなにぐったりしているように見えても、人よりも優れた心肺機能が、あっという間に手塚を回復させる。
さっきまで、あんなに苦しそうだったのに、すぐに平常に戻ってしまう。
もうちょっと余韻を楽しみたいという乾の願いもむなしく、するりと腕から抜け出し、さっさとシャワーを済ませたりする。
非常に寂しい。

だが、問題はそこじゃない。
回復力が並外れている手塚は、乾を待ってくれない。
ようするに、乾がまだそういう状態になっていないのに、手塚の方が挑んでくるというわけだ。
正直に、ちょっと待ってくれと言えば、だらしないと冷めた目で見られた。
鍛え方が足りないと言いたいらしい。
ベッドの中でも、手塚は鬼部長なのだった。

「さっきはあんなに可愛かったのに」
愚かにも、そう口に出してしまったこともあった。
手塚は、厳しい目で乾を睨み付けたかと思うと、そのまま噛み付くようなキスをされた。
キスの勢いに、ついひるんだら、お前の方がよほど可愛いんと笑われてしまった。
悔しいことに、その顔が壮絶に色っぽかった。

ああ、どうしたって手塚には勝てない。
テニスコートだけじゃなくベッドの上でも、それは変わらないのだ。
そう思い知らされた。

そして今、手塚は乾のベッドの中、白い背中をこちらに向けて横たわっている。
そろそろ、さっきかいた汗も引いた頃だろう。

「乾」
案の定、手塚が首を捻って、ひじ枕をしている乾を見上げてきた。
「なに?」
言い出すことに想像はつくが、あえてすっとぼけてみる。

「もう一回やろう」
早いよ、と心の中では言ってみるが、口には出さない。
乾にだって、それなりのプライドがある。
手塚ほどタフではないけれど、これでもそこそこ鍛えているのだ。
どっちにしても、手塚がその気になれば、乾をもう一度臨戦体制にするのは簡単なことだ。

結局、全面的に乾に主導権があったのは、最初だけだったなと思い返す。
まだいろんなことに慣れない頃の手塚は、本当に初々しくて可愛かった。
でも、今は今でやっぱり手塚は可愛いし、手塚とするのは最高に気持ちがいい。

だから、もう少し頑張りましょう。
乾は、自分にそう言い聞かせた。


2011.07.10

高校生くらい。襲い受け塚です。

でも実は主導権は乾にあるんだと思う。