待ち遠しいのは夏休み
夏休み入ってから、手塚との経験値が急速に上昇している。親が留守がちだという状況を、これほど活用したことは、今までなかったと思う。
手塚が泊まっていった回数は、夏休み前は三回くらいだったのに、今ではそれにプラス三回。
泊まりはしなくても、俺と寝た回数は既に片手では数えられない。
夏休みはまだ折り返し地点にさえ来ていない。
ここまで来る年数は決して短くはなかったのに、一度線を越えると、加速度がつくらしい。
最初のうちは、お互いに、そういう状況下ではどう振舞っていいのかわからず、戸惑うことも多かった。
だけど、目の前の相手を求める衝動は、どうにも抑えられなくて、本能だけで抱き合っていた気がする。
今は、手塚も俺も、数を重ねたおかげで、自然にしていられるようになってきた。
開き直ったみたいに、昼間からベッドの上にばかりいても、平気になった。
今日も、窓の外は眩しいほどの快晴だ。
薄いカーテン越しに、真っ青な空が透けて見える。
陽はまだ高い位置にある。
きっと、外気温はゆうに30℃を越えているだろう。
クーラーの効いた部屋で、手塚と薄い夏布団に包まっている自分がおかしな感じだ。
流したばかりの汗は、二人とも、もう殆ど引いていた。
手塚が動くたびに、茶褐色の髪がさらさらと頬をを擽る。
空気はひんやりとしているから、人肌が心地良い。
二度とここから出たくないと思ったけれど、生理現象には勝てなかった。
大量の汗をかくと、喉がかわくのは当たり前のことだ。
ベッドの傍に置いてあったペットボトルは、とうに飲み干した。
仕方ない。
もう1本良く冷えたミネラルウォーターを冷蔵庫から取ってくることにする。
気だるい身体を起こしかけると、手塚の腕が伸びてきて、それを阻止する。
細く見えても、手塚の力は強い。
身体を持ち上げるのも困難で、俺はベッドの上でジタバタする羽目になった。
勿論、これはただの遊びだ。
その証拠に、手塚の眼鏡のない両目は笑っていた。
「俺を置いて、どこにいくつもりだ」
薄くて形のいい唇が、ゆっくりと動く。
怒ったような低い声。
でもこれも、遊びの延長だということはわかっている。
「喉が乾いたから、水を取ってくる」
「ペットボトルが、ベッドの脇にあったはずだが」
「もう飲んじゃったよ」
二度立て続けにやって、汗だくになったあと、手塚と半分ずつ飲んでしまった。
手塚は覚えてないのだろうか。
ああ、でも本当にそうなのかもしれない。
終わったばかりの手塚は、意識が半分も戻っていないようだったから。
そんなことを考えている間に、手塚は俺を強引にシーツの上に引き戻してしまった。
すぐに長い腕が絡みついてきて、俺を拘束する。
「お前は俺の枕だ。勝手に移動するな」
「はいはい。わかりました」
くすくす笑いながら、力を抜くと手塚の両腕が俺をぎゅっと抱きしめた。
枕といっても頭を乗せるものではなく、抱き枕にしたいようだ。
手塚の腕は少しひんやりとしていて、気持ちがいい。
だるい身体を拘束されるのも、悪い気分じゃなかった。
俺も、不自由な両手で手塚の腰を抱き返した。
「不思議だな」
ふっと手塚の吐息が首筋に当たった。
「何が?」
「お前に抱きしめられると、すごくどきどきするのに、自分からこうすると、とても落ち着く」
言葉の通りに、手塚の表情はゆったりとしている。
硬質なはずの身体も、今は柔らかい。
こんな手塚は、ベッドの上でしか見ることはない。
「俺の方は、落ち着かなくなってきたけどね」
正直に告白したら、手塚は片手を俺の胸の上に置いた。
「本当だ。どきどきしているな」
「そんなことされたら、余計どきどきするよ」
手塚は小さく笑って、再び両手で俺を抱きなおした。
「こういうものなのか?誰でも」
「俺に聞かないで。自分のことしか答えられないよ」
「そうか」
手塚は口を閉じて、腕に力を込めた。
ぴたりと裸の肌が触れ合う。
体温が交じり合って、同じ温度になっていく。
「俺も喉が渇いてきたな」
手塚がぽつりと呟いた。
「手塚が離してくれないと、水を取りにいけない」
少し迷っていたようだが、やっぱり手塚は力を緩めなかった。
「もう少しだけ待ってくれ」
「いいよ」
「手塚がこんなに我侭で、あまったれだとは知らなかったな」
「悪かったな」
手塚は小さく鼻を鳴らし、両腕にこれでもかと言わんばかりに力を入れる。
「言っておくが、俺が我侭を言うのはお前限定だからな」
「わかっているけどさ。なんでそう偉そうなのかな」
細い顎がくいっと持ち上がり、切れ長の目を細めて俺を見返す。
「俺は本当に偉いんだ。部長だぞ?」
「ああ。うん。そうだね」
「じゃあ、冷たい水を持って来い」
その言葉と同時に両手の力が緩んだ。
手塚が拘束を解いたのだ。
「わかりました」
手塚が邪魔しなかったので、今度は簡単に起き上がることができた。
服を着るのも面倒で、裸のままキッチンへと向かう。
ドアを閉める前に一度振り向くと、手塚はくるんと布団を被って丸くなっていた。
お偉い「元部長」は、どうやら俺がいないと寂しいらしい。
昼間から、やってばかりいるのは、どうなのかと自分でも思う。
だけど、この行為でしか得られないもの、見つからないものは確かにあるのだ。
これは決して言い訳なんかじゃない。
甘ったれで、我侭で、色っぽい手塚を、ベッドの上以外で、どうやったら見られるのか。
それだけでも、手塚とやる意味や動機は十分だと思うのだ。
夏休みは、まだ半分以上残っている。
残りの日々に、ペットボトルで乾杯しよう。
2008.08.04
「スマイルカット」のふたり。全国大会以降だから、部長は引退…ですよね?
タイトルはアレです。「まーちーどおっしいのはー」っていう有名なあの曲。