携帯電話

一日の終わりに、聞いてはいけない声がある。


「こんばんは」
中学生とは思えないほど、低く落ち着いた声だった。

「俺だけど」
そんなことは最初からわかってる。
液晶画面に表れた文字を確認してから出たのだから。

「電話はするなと言っただろう」

少し間があいてから、くぐもった笑い声がした。
「悪い。メールだけじゃちょっと寂しくてね」
そう言ってまた笑う。
密やかな声で。

「どう?肩は順調?」
「ああ」
「そうか。良かった」

きっと今、口許をわずかに緩めて話しているのだろう。
椅子に深く腰掛けて、長い足を組んで、愛用のノートをパラパラめくりながら。

「手塚はさ、そっちにひとりきりで寂しくないのか?」
「別に。そんなことを考えるほどの時間も無い」
「なるほど」
小さく笑う声が吐息のように、耳をくすぐる。

「俺は寂しいよ。手塚がいないと」
返事をせずに、ただ黙っていた。

「学校さぼって、会いにいこうかな」
「やめろ。許さないからな」
「わかってる。冗談だよ」
趣味の悪い冗談だ。

「ね、少しは俺に会いたいとか思う?」
「いや。…そのうち帰れば嫌でも顔を合わせるからな」
乾は電話の向うで、声を上げて笑った。

「約束破ってごめん。これからはちゃんとメールだけにするから」
「ああ」
「じゃあ、お休み。肩、大事ね」

語尾がまだ聞こえてるうちに電話を切った。

あいつは本当に馬鹿だ。
俺に「寂しい」という感情を気づかせるのはいつも自分だということを
いい加減気づいてくれ。

携帯電話の電源を切って、机の引出しに仕舞い込んだ。
こうでもしないと、またあの声が聞こえてきそうで。



眠れなくなったらどう責任をとってくれるのだろう、あの大馬鹿は。

2004

別サイトで挑戦していた「お題」を持ってきました。テスト投稿するのに何かないかなーと探したけど適当なのがなくて。使いまわしで申し訳ないです。